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平成27年度久留米大学入学式 ―1,543名が入学―

  平成27年度久留米大学入学式が、4月6日(月曜日)御井キャンパスみいアリーナで挙行され、5学部11学科1,543名が入学しました。
 式では、学長告辞、学部長等紹介、理事長挨拶の後、同窓会長、久留米市長から祝辞をいただきました。
  続いて、在学生総代の浦上紅音さん(文学部)が歓迎の辞を述べ、新入生代表の中村亜美さん(医学部)が宣誓を行いました。
 最後に全員で校歌斉唱を行い、閉式しました。


新入生 宣誓在学生 歓迎の辞学長告辞

 

【学長告辞】 

 春爛漫たる中、伝統ある久留米大学に入学する新入生諸君、そして、入学式にご臨席の保護者の皆さまに、教学を代表して歓迎申し上げ、入学を心からお喜び申し上げます。
 私達教職員は、新入生諸君が、目標とする国家資格をはじめ多くの資格を取得し、卒業時には目標の職業に就き、久留米大学で学んで良かったと思うように力の限り応援します。
 まず、本学の歴史を紹介します。本学の前身は九州医学専門学校です。大正時代末期、福岡県の医療は医師の都市集中化で地域格差が生じ、県下14村の医師不在解消が喫緊の課題でした。そこで、福岡県医師会長の溝口喜六先生(後の第三代九州医専校長)が福岡県医師団の事業として医学専門学校設立を提案されました。提案が賛同されると、小倉、福岡、若松、鳥栖、久留米の5市が立候補し、福岡県医師会主体の設立委員会が1927年7月27日に設置され、壮烈な誘致合戦が行われました。途中で3市が辞退し、結局、久留米と福岡の一騎打ちとなります。予想では圧倒的に福岡が優位で、女子部を久留米への案が提示されましたが、久留米市はこれを否決し投票で決することになりました。そして、福岡県医師会館における創立委員会の投票結果は、白票2票、福岡11票、久留米21票で久留米市に決定しました。時は、1927年11月5日午後7時25分、九州医学専門学校が呱呱の声をあげた瞬間であります。誘致が成功したのは、福岡県下の医師会員の英断と、久留米市の熱意、日本足袋株式会社の創業者でブリヂストンを創立された石橋家の土地一万坪の寄付や鉄筋コンクリート3階建ての学校本館(現在の本部)の寄贈に加え、地元財界の全面的な支援が得られたからです。
 1928年4月28日、東京帝国大学医学部卒業、九州帝国大学名誉教授の伊東祐彦(すけひこ)先生を初代校長に迎え、九州医学専門学校の第1回入学式が行われました。従って4月28日が本学の創立記念日です。
 以来、本学は九州高等医学専門学校、久留米医科大学と校名を変更し、1950年には商学部と附設高等学校を設置し、久留米大学に改称し、総合大学としての一歩を踏み出しました。現在は、文学、法学、経済学、商学、医学の5学部11学科と、5つの大学院研究科、17の大学附属研究所・センター、2つの医学部附属病院、臨床検査専門学校、ならびに附設中学校・高等学校を擁する西日本有数の学校法人久留米大学として発展してきました。
 昨年のノーベル物理学賞は、青色発光ダイオードを発明した名城大学の赤崎勇教授、名古屋大学の天野浩教授、米カリフォルニア大学の中村修二教授の3名が受賞し、日本の科学研究レベルの高さを世界に示しました。受賞者で最年少の天野浩氏は、文部科学大臣への受賞報告に際し、「私は高校で勉強が好きになり、大学では勉強することの意味が、人の役に立てることだと分かったのが大きかった」と述べられ、大学教育の重要性を指摘されました。
高校までと違い、自分の目標に役立つ勉強ができるのが大学です。そのためには、まず、人間を確立しなければなりません。
 作家の司馬遼太郎(1923-1996)は、「21世紀に生きる君達たちへ」と題した単行本の中で、君たちは、いつの時代でもそうであったように、自己を確立せねばならない。自分に厳しく、相手に優しく、という自己を、そして、すなおで賢い自己を、と言っています。自己といっても、自己中心に陥ってはならない。人は助け合って生きている、助け合うという気持や行動の基は、いたわりという感情である。他人の痛みを感じることと言っていい。優しさと言い換えてもいい。「いたわり」、「他人の痛みを感じること」、「優しさ」の三つの言葉は、もともと一つの根から出ているのであるが、本能ではないので、訓練をしてそれを身に付けなければならない。どうやって訓練するかは、難しいことではない。たとえば、友達がころぶ。ああ痛かっただろうな、と感じる気持を、そのつど自分の中で造り上げていきさえすればよい。鎌倉時代の武士たちは「頼もしさ」を大切にしてきた。人間は、いつの時代でも頼もしい人格を持たねばならない。人間というのは、男女とも、頼もしくない人格に魅力を感じないのである。繰り返すが、自己を確立せよ、自分に厳しく、相手には優しくいたわり、それらを訓練せよ。それらを訓練することで、自己が確立され、そして、頼もしい君たちに成っていくのである。以上のことは、いつの時代になっても、人間が生きて行く上で、欠かすことができない心構えというものである。そして、君たちは常に晴れ上がった空のように、高々とした心を持たねばならない。同時に、ずっしりとたくましい足どりで、大地を踏みしめつつ歩かねばならない。司馬遼太郎は、君たちの心の中の最も美しいものを見続けながら、以上のことを書き、書き終わって、君たちの未来が、真夏の太陽のように輝いているように感じたと、結んでいます。
 大学時代は唯一、時間を自由にかつ有効に使うことができます。勉学は勿論、クラブ活動やサークルなどで多様な個性を磨き、自分の能力を最大限伸ばすことができる絶好のチャンスです。本学には多くの体育系と文化系のクラブやサークルがあります。部活での一般教養の獲得、自分の人格形成、人間関係特に先輩後輩との繋がりの構築は、社会に出て役立つので、ぜひ、部活に所属して下さい。また、資格はできるだけ多く取得すべきです。これは、自分の財産になり就職に有利に働きます。本学では、就職・キャリア支援課が資格取得を支援しますので、大いに活用して下さい。
 今、日本はグローバル化、少子高齢化が急速に進展し、大きな変化の時代を迎え、危機感を持って臨まなければなりません。歴史を顧みますと、明治維新では「坂の上の雲」を掴むべく「富国強兵」を掲げ、新しい社会を作るために、国、国民が一丸となって世界に挑戦して行きました。そして、先の大戦による敗戦後は、パラダイムシフトが起こり、荒廃した社会で食べていくために、国民が勤勉に額に汗して働いた結果として得られた奇跡的復興により繁栄がもたらされました。しかし、1991年のバブル崩壊により、失われた20年と呼ばれる低成長期に突入し、一挙に先行きが不安な国家になり、2011年3月11日の東日本大震災による国難に見舞われ、国中に閉塞感が溢れました。しかし、2012年12月に発足した第2次安倍政権、さらに2014年12月の衆議院議員選挙後の第3次安倍政権の成長戦略により、元気を取り戻し、景気も好転しつつあります。国の日本再興戦略―Japan is BACK―での大学に求められる使命は、ガバナンス改革、教育の質的転換、地方創生の中核となり日本を支える人材の育成など、大学への期待がこれまで以上に高まっています。新入生諸君はこれらを認識し国の行く末を担っている世代であることを自覚し、本日から強い決意を持って、新しい日本を創造する時代に活躍できる人物に、自分自身も成長することを目標として下さい。本学は、学士課程教育の改革と充実で進化し、多様な教育を目指しています。
 結びに、新入生諸君が、進化を続ける久留米大学で学ぶことを喜びとし、有意義な大学生活を送り、そして、主体的に考える力や企画力が育成され、優しさと頼もしさといった人間力を身に付け、卒業時には、学生一人ひとりが目指す進路を歩むことを祈念し、学長告辞と致します。
参照:司馬遼太郎:21世紀に生きる君たちへ. 朝日出版社.2014

久留米大学学長
永田 見生

 

入学式会場風景