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【研究者インタビュー】医学部整形外科学講座 志波直人教授

【研究者インタビュー】 医学部整形外科学講座 志波 直人 教授

志波教授

所属部署について教えてください

2012年11月から、整形外科学講座の7代目主任教授を務めています。講座は本学が開校した1928年の4年後、日本で11番目の整形外科の教室として誕生しました。これまで553人が在局し、現在、活躍されている方はOBを含め383人の歴史ある講座です。記録を紐解くと、印象的だったのは2代目生田教授が戦争中の記録を残されているんですね。長崎原爆の日の2日後に久留米も空襲を受けたのですが、その際に被災者の治療に向かった様子を書かれています。整形外科の詳しい歴史はホームページをご覧ください。https://kurume-ortho.jp/

どのようなことを行っているのですか

久留米大学には大学病院と医療センターがあります。大学病院には、高度救命救急センター関連の高度外傷による骨折や切断、脊髄損傷の方などがドクターヘリで運ばれます。椎間板ヘルニアなど脊椎の疾患がある方も来られます。がんの拠点病院でもあり、骨腫瘍、骨肉腫、乳がんなどの骨転移などもみています。高度外傷、脊椎、腫瘍の三つが大学病院でみる疾患です。医療センターには整形外科・関節外科センターがあり、人工関節やスポーツの外傷などをみています。1年間の手術のおおよその症例数は、大学病院で1,500例、医療センターで1,000例あり、総合的な臨床力が私たち整形外科の特徴です。

手術の様子         
医療センターで行う人工股関節手術(執刀は久米講師)

この道に進むことになったきっかけから、これまでの歩みを教えてください

子どもの頃はエンジニアに憧れていたのですが、大学進学を決める際、整形の開業医だった父の背中を見てというのもあって久留米大学医学部に進学しました。その父の影響で、初めから整形しか考えなかったですね。運動機能や関節、筋肉などメカニカルなところに興味があって、歩き方や関節の動きはダイレクトにわかるし、治療の効果も見やすいところだと思っていました。初め股関節の仕事をしていて、テーマがバイオメカニクス(生体力学)で、手術時にどのように骨を切るか、コンピューターでシミュレーションしたりしていました。

これまでの研究活動の中で、特に大きな転機はありましたか

1990~91年に全米屈指の私立医科大学であるミネソタ州のメイヨークリニック整形外科・バイオメカニクス研究室に留学しました。そこで人工股関節のコンピューターシミュレーション(有限要素法)や三次元歩行解析、すなわち人を歩かせて関節の動きや関節にかかる力などの解析を行いました。メイヨー医科大学内に宇宙開発創成期のジェミニ時代の展示物があり、宇宙医学というかかわり方があることも知りました。今考えると、股関節のバイオメカニクスや歩行解析は、常に重力の存在を意識して解析を行うわけで、これがその後の宇宙医学、国際宇宙ステーションでの実験に繋がったと思います。
帰国をきっかけに、脊髄損傷で麻痺している方の足や手に電極を貼ってコンピューターで制御して麻痺した手足を動かす研究を始めました。次に実際に、自分の手足に電極を貼り付けて電流を流して運動してみたら、結構な運動になることがわかりました。運動しながら刺激をして運動効果を上げるハイブリッドトレーニング法を開発し、2000年に日米で特許を取りました。

そこで重力がない宇宙に目を向け、私たちの装置をつけたら無重力でもダンベルを持っているような機能があり、宇宙でも効率よく運動できる可能性があることがわかりました。装置はメカニカルストレスといって力学的なストレスを筋肉や骨に効率よくかかる仕組みです。2014年NASA、JAXAとの共同研究を実施、国際宇宙ステーションでの宇宙飛行士対象の実験を行いました。並行してサポーター型の機械「ひざトレーナー」をパナソニックと共同開発し、2015年に市販化することもでき、これまでに全国で2万台以上が販売されました。

志波教授1 研究先のNASA JAXA
実験準備や飛行士のデータ取得のためNASA、JAXAに何度も通いました。

次に、スポーツ選手を支える「スポーツドクター」です。村上秀孝講師を筆頭に、井上貴司助教、五反田清和助教はラグビーワールドカップの日本チームドクター、オリンピック強化チームドクターなどを務めています。木内正太郎助手は日本柔道代表の世界選手権に帯同、オリンピック強化チームのドクターとして活躍しています。また、8月からはカザフスタンオリンピック代表の柔道、テコンドー、ボクシングなど複数のチームが久留米市でキャンプを行うことが決まっており、久留米大学が主となりメディカルサポートを担います。

 ラグビーワールドカップに帯同する村上医師
ラグビーワールドカップで帯同医師として活躍する村上講師

研究が進まない時期、どうやって乗り越えましたか

思いどおりに事が進まないと、当然落ち込んだり悩んだりするのですが、そのようなときは、部屋にあるエルゴメータ(設置型自転車)を漕いだりダンベルで運動したりして、ひと汗かくようにしています。最近の研究では、運動によって筋肉自体から脳の活性物質が分泌されることも明らかにされています。運動後は頭がすっきりして、前向きなアイデアが浮かんできます。

お仕事以外に大事にしているものはありますか

「堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思え。」徳川家康の言葉ですが、これは現代人にも当てはまる心得で、気持ちを平静にコントロールできるように心がけています。家康はまた「己を責めて人を責むるな。」とも説いています。これは、失敗や問題が生じるのは管理する者の責任、と読めますし、逆に、成功はそれに携わった皆の業績、とも読めます。これらは、とても大切な言葉です。

われわれの医局が日独整形外科学会の事務局をしています。私が日本側の代表。今年5月に日本整形外科学会総会で第21回日独整形外科学会として日独シンポジウムを開催しました。その際、ドイツの整形外科医2名がフェローシップで来日、久留米でも回診や手術の見学などに参加しました。ITで世界は狭くなり、いろんな情報が飛び交うけれど、やはりフェース・トゥ・フェースでしっかり話をしないと伝わらないことがあります。学生にもいい刺激になったと思います。国際交流は、とくにドイツとは、さらに積極的に進めたいですね。

ドイツでの学会にて
2017年10月27日ベルリンでの第19回日独整形外科学会終了後の夕食会は国会議事堂最上階レストランに招かれました

 ドイツ人医師との写真
フェローシップ制度で訪れたドイツ人医師2名(仲摩医局長と)

現場から離れて気分転換や休日にどんなことをされていますか

私の先祖は佐賀の鍋島藩の藩士でした。「葉隠れ」にご先祖と思しき名前が出ていたり、江戸屋敷の江戸詰めだったりしたようです。そういう家系を遡って調べ、本を読んだり歴史を調べたりするのが楽しいですね。鍋島は新しいことをやろうとしていた藩で、うちの先祖も関わっていたのかなと思うと興味がわきます。休日は、日帰りで行ける久住や有田などをドライブします。久留米からは少し時間があるといろいろなところに行けます。

由布岳  有田
(左)鶴見岳山頂から由布岳を望む (右)晩秋の有田

現場での活動を通して社会、人にどのようなことをもたらしたいと思いますか

久留米大学は医師が少ない地域に多く医師を出しています。本学の歴史の中で培われてきた地域の医療をきちんと守るためには、学生が久留米大の良さを理解し、歴史を学び、伝統を守ってほしいと思っています。
整形外科としては、高齢化による骨粗しょう症、骨折、変形性関節症などの患者が増えているので、医師が全く足りていない状況です。整形外科の専門医を、久留米大学から一人でも多く排出する、それが私たちに与えられた最も重要な役割であり、地域医療への貢献、社会貢献と考えています。

研究者や医師を目指す方へのメッセージをお願いします。

医師になるとさまざまな選択肢があり、臨床を選ぶか、基礎を選ぶか、そしてそれぞれの選択肢にもさらに多くの選択肢があり、広い視野で自分の道を歩んでいただきたいと思います。久留米大学整形外科では、網羅的に疾患の勉強ができ、診断、手術、薬物、リハビリテーションの総合的な知識と技術を身につけることができます。地域医療の実際を勉強でき実践できる場でもあります。大学院への進学者数も学内では整形外科が最も多い科の一つで、研究も十分にできます。長期留学や、ドイツやアメリカ、韓国との国際交流もあり、インターナショナルな仕事もできるのではないでしょうか。私は日本宇宙航空環境医学会の理事もしていて、宇宙医学の研究グループもありますので、地球を越えて宇宙規模の研究もできます。

久留米大学が「地域の『次代』と『人』を創る研究拠点大学」を目指していることについて


久留米大学の歴史と久留米大学が持つ独自性を基盤とした、大学病院の柱である“高度救命救急センター”と、“がん拠点病院”に整形外科は今後も寄与しなければならないと考えています。さまざまなことを共同でやるという横の広がりも大切ですが、次世代へ繋ぐ時間的継続、縦の広がりも大切です。現在は後輩も育ってきて、横も縦も、期待以上に広がっています。これによって、新しい挑戦も生まれてくると思います。われわれ整形外科は、「地域の『次代』と『人』を創る研究拠点大学」を文字通り実践しています。

 

 


 

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略歴

1982年 久留米大学医学部卒業、同整形外科入局
1991年 米国Mayo医科大学整形外科バイオメカニクス研究室留学
2004年 久留米大学病院リハビリテーション部教授
2009年 WHO ICD11 Musculoskeletal Topic Advisory Group
2012年 久留米大学整形外科学教室 第7代主任教授 現在に至る
2012年 日独整形外科学会 日本代表 現在に至る
2015年 日本宇宙航空環境医学会理事 現在に至る
2016年 日本運動器科学会理事 現在に至る
2016年~2017年 久留米大学病院長
2017年~2019年 日本整形外科学会理事
2018年 ドイツ整形外科学会 corresponding member 現在に至る
2018年 久留米大学理事長特別補佐 現在に至る