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細胞工学 研究詳細 低濃度グルコース環境下での細胞増殖

生理的低濃度グルコース環境下での細胞増殖メカニズム

 生物分類上、我々人類や分裂酵母は同じ「真核生物」というグループに属します。真核生物の体を構成する細胞にとってグルコース(ブドウ糖)は主要なエネルギー源です。細胞が円滑に生命活動を行うためには、その細胞を取り囲む環境(培養液や血液)から効率的にグルコースを取り込むことが不可欠となります。また、ヒトの場合、細胞がグルコースをうまく取り込めないと高い濃度のグルコースがいつまでも血液中に留まり続けることになり、いわゆる高血糖とよばれる症状を呈することになります。

低グルコース感受性変異株説明図  我々は、沖縄科学技術大学院大学の柳田充弘教授グループと共同して、細胞が「効率的にグルコースを取り込む」ために必要な仕組みについて研究を進めてきました。研究モデルとして使用した分裂酵母は通常2~3% (111~167 mM)程度の高濃度グルコースを含む培養液を使って培養します。しかしながら実は、0.08% (4.4 mM)程度のグルコースしか含まない培養液中でも分裂酵母細胞は充分活発に分裂増殖できます。この0.08%という濃度はヒトの空腹時血糖値とほぼ同程度です。我々はこの点に注目し、「ヒト血糖値程度のグルコースしか含まない培養液中で分裂酵母が増殖するためには、どのような遺伝子が必要となるか?」を探索しました。その結果、
 1)Ght5グルコース輸送体遺伝子
 2)CaMKKシグナル関連遺伝子(群)
 3)TORC2シグナル関連遺伝子(群)
の3種の遺伝子(群)が必要であることが分かりました。これらの遺伝子を失った突然変異酵母は、その増殖に高濃度グルコースを必要とし、また培養液中のグルコース濃度を充分に低下させることができません。正に酵母版の「高血糖」状態となります。

モデル図  では、上記の遺伝子から作られるタンパク質はどのような役割を果たしているのでしょうか?グルコース分子は親水性(=水に溶けやすい)分子であり、そのままでは細胞表面の細胞膜を通過することができません。1)に挙げたGht5グルコース輸送体タンパク質は細胞膜に埋め込まれて、選択的にグルコースを通過させるトンネルのような役割を果たします。培養液中のグルコース濃度の変化に伴い、Ght5グルコース輸送体の量が変化することを我々は見出しました。グルコース濃度が0.08%程度まで低下すると、細胞膜上のGht5グルコース輸送体の量が著しく増加します。このGht5の増量に、2)、3)に挙げたCaMKKシグナル経路、TORC2シグナル経路関連タンパク質が関与していました。これらのタンパク質は、細胞内外の変化に応じて別のタンパク質や遺伝子の機能をコントロールする「シグナル伝達」の役割を果たします。CaMKKシグナルはScr1とよばれる転写抑制因子を介してGht5遺伝子の転写を制御し、一方、TORC2シグナルはGht5タンパク質の細胞膜への輸送を制御していることが判明しました。

 ヒトの筋肉細胞にはGLUT4とよばれるグルコース輸送体が存在しており、ヒト血糖値のコントロールに重要な役割を果たしていることが知られています。筋肉細胞がインシュリンに応答すると、GLUT4は細胞膜へと輸送されます。興味深いことに、GLUT4グルコース輸送体の増量、細胞膜への輸送にはそれぞれCaMKK、TORC2シグナル経路が関与しているだろうとの報告があります。したがって我々の発見は、グルコース輸送体機能をコントロールする基本的な仕組みがヒトと分裂酵母で共通である可能性を示唆しています。それゆえ、将来的には、我々の分裂酵母を用いたモデル研究が糖尿病研究にも役立つものと期待できます。

参考論文
Saitoh S. et al.
Mechanisms of expression and translocation of major fission yeast glucose transporters regulated by CaMKK/phosphatases, nuclear shuttling, and Tor.
MBoC 26(2):373-386 (2015)
 


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