ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > 創立90周年記念特設サイト > メニュー > 2018年度 > ひと ― 過去から未来へ 【田中幹夫さん】

ひと ― 過去から未来へ 【田中幹夫さん】

田中 幹夫さん

田中幹夫さん

元医学部同窓会長、元久留米医師会会長
田中内科胃腸科医院院長(80歳) 久留米市在住


開業している病院を訪ねると、

柔和な笑顔で出迎えてくれた。

 

「恩師、患者さん…全ての出会いが財産。

人との出会いが私の人生を支えてくれました」

そう田中はしみじみと振り返る。

 

医学部を卒業して1年間研修にいそしんだ。

その時に、ほれこんだ先生が第二内科の牛島茂雄だった。

周囲は第二外科に行くとばかり思っていたが、選んだのは第二内科。

先輩から「お前、逃げたな」と冗談交じりに言われたこともある。

 

臨床検査技師を養成する医学部付属の臨床検査専門学校。臨床検査専門学校の看板

前身の衛生検査技師学校が昭和43(1968)年に開設され今年で50周年になる。

 

田中は昭和50年に大学を離れるまで、

この学校の設立と運営に中心的に関わった。

養成機関がない筑後地区では検査技師が不足しており、

福岡県医師会から設立を要請されたのだった。

 

開設に向け準備したが、人集めに苦労して

「教室を回ったり開業医に頼み込んだり」の日々が続く。

ふたを開けると、定員20人を超える50~60人が受験。

筑後だけでなく、北九州や筑豊など福岡県内各地から応募があった。

 

病院を久留米市内に開業してわずか3年の時だった。

恩師の牛島から「医師会を盛り立ててくれ」と懇願され、

昭和53年、一緒に久留米医師会の理事に就任した。

要請を受け入れる条件は夜も来る患者の診察を優先することだった。

 

昭和55年、胃検診の水準向上を目指す研究会を発足させた。

胃がんの早期発見につなげるための取り組みだ。

現在の田中さん

医学部同窓会長を平成18(2006)年から8年間務めた。

全国に86の支部があり、つながりを絶やさないため、

小規模の支部にも足を伸ばすことにした。

訪問したのは60カ所を超えていた。

うれしいのは、今でも「来てほしい」と声がかかることだ。

 

医師会理事になって始めたという趣味の写真。

「『理事は写真展に作品を出す決まりだよ』と吹き込まれた」と笑う。

病院の壁には、毎月入れ替えるという美しい花の写真が飾られていた。

(敬称略)