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ひと ― 過去から未来へ 【根城 堅さん(1)】

根城  堅さん

根城堅さん

根城昼夜・第5代理事長の長男
久留米リハビリテーション病院デイケアセンター長(77歳) 久留米市在住


根城と待ち合わせたのは

久留米市の老舗ホテルのロビーだった。

過去のめぼしい写真をお願いしていたところ、

根城は、たくさんの写真を持参した。

 

どの写真も、久留米大学の歴史を石橋正二郎氏と根城昼夜氏

感じさせる貴重なものばかりだった。

その中のモノクロ写真には、

にこやかに笑う石橋正二郎と根城の父、昼夜の姿があった。

 

石橋はブリヂストンの創業者であり、

久留米大学の創設に貢献した第4代理事長。

 

昼夜は大学の常務理事だったが、

晩年の石橋に「年齢的にも体力的にも限界。自分の後は頼む」

と次を託されて昭和45(1970)年に第5代理事長に就いた。

 

昭和51年。石橋が87歳で他界する数日前、

昼夜は東京に出向き病床に見舞った。

意識はもうろうとして言葉も出ない状態の石橋。

昼夜は、最後の見舞い客となった。

 

昼夜には3人の子どもがいて、長男の堅は末っ子だった。

堅の記憶には、いつも忙しい父の姿しか残っていない。

「父の頭は大学の経営と運営でいっぱいだった。建設中の様子

苦労と心労があったかもしれない」と語る。

 

終戦後の復興、筑後川大水害。

大学はさまざまなピンチを乗り越えてきた。

そして、必ず昼夜の口を突いて出るのが

「正二郎さんは久留米大学の恩人で、いなければ

大学の再建もできなかっただろう」という言葉だった。

 

昼夜が理事長を務めたのは、石橋の代行期間1年を含むと

昭和44年から55年までの11年間に及ぶ。

 

この間、附属病院病棟の増改築など

さまざまな施設拡充が相次ぎ、大学のさらなる発展へとつながる。

(敬称略)