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【研究成果の発表】食欲を刺激するホルモン(グレリン)の謎を世界で初めて解明

さまざまな疾患による体重減少や食欲不振症治療への応用を期待

久留米大学分子生命研究所の児島将康教授らの研究グループは、食欲を刺激するホルモンであるグレリンの受容体構造を世界で初めて明らかにし、ホルモン発見以来不明であったグレリン活性の謎を解明しました。 その研究成果が2020年8月19日に「Nature Communications」に掲載されました。

研究の概要

空腹になるとわれわれの胃から血液中にグレリンというホルモンが分泌され、脳の摂食調節部位に作用して食欲が刺激され空腹感が生まれます。このグレリンはペプチド(短いタンパク質のこと)の部分と、オクタン酸という脂肪酸(脂肪の一種)とが合体した珍しい構造をしており、しかもグレリンはペプチドと脂肪酸との結合がないと(食欲を刺激する)活性を示しません。なぜグレリンは脂肪酸がないと活性を示さないのかは、発見当時から長い間、謎でした。今回の研究成果は、グレリン受容体の立体構造を明らかにすることで、この謎の解明を導くものでした。

研究の背景

グレリンは児島将康教授らが発見した食欲を刺激するホルモンです。空腹になると我々の胃から血液中にグレリンが分泌され、血液中を流れたグレリンが脳の摂食調節部位に作用することによって食欲が刺激され空腹感が生まれます。「お腹が空いた」という感覚は、脳から最初に始まるのではなく、血液中に分泌されたグレリンが脳を刺激することによって生まれるのです。

研究イメージ

このグレリンはアミノ酸が28個のペプチドの部分と、オクタン酸という脂肪酸(脂肪の一種)とが合体した、他のホルモンとは異なった構造をしています。しかもペプチドからできているホルモンは、普通はペプチドだけで活性があるのですが、グレリンは脂肪酸との結合がないと(食欲を刺激する)活性を示しません。なぜグレリンは脂肪酸がないと活性を示さないのかは、発見当時から長い間、謎でした。

今回、久留米大学分子生命科学研究所の椎村祐樹助教、児島将康教授、および京都大学大学院医学研究科の岩田想教授らは、グレリン受容体の立体構造を解明することで、この謎を解き明かしました。

グレリンは細胞表面にあるグレリン受容体に結合します。今回、このグレリン受容体の立体構造をX線結晶構造解析によって明らかにしました。その結果、グレリン受容体は細胞膜を貫通する領域が7つあり、そのうち第6番目と第7番目の膜貫通領域の間が広いギャップ構造になっていることがわかりました。私たちはこのギャップ構造を氷河の深い切れ目を意味する「クレバス」と名付けました。このクレバスには疎水性の強いアミノ酸のフェニルアラニンが集積している「フェニルアラニン・クラスター」が存在します。一般に疎水性の強いもの同士はくっつきやすい傾向があります。グレリンに結合している脂肪酸は疎水性が強い分子です。そこで、グレリンの脂肪酸部分が、この「フェニルアラニン・クラスター」と相互作用する(動かす)ことで受容体を活性型フォームに転換するのではないかと考えられました。グレリンの脂肪酸は受容体の内側からクレバス構造を通って受容体の外側に配置していると推測されました。

実はこのような受容体のギャップ構造は、脂質が結合する受容体構造にも見られます。ただし、脂質受容体の場合は脂質が受容体の外側から中に侵入するための経路であるのに対して、グレリンの脂肪酸は内側から外側へと、その向きは逆です。グレリン受容体はペプチドホルモン受容体と脂質受容体の両方の性質も持つハイブリッド型の受容体だったのです。

グレリン受容体の構造

今後の研究の展開、どのように役立つか?

グレリン受容体の立体構造が明らかになり、この受容体に結合してグレリンと同じ作用を現す新しい化合物の合成に有益な情報を与えることができます。現在、グレリン受容体に結合してグレリンと同じ作用を示す化合物の中では小野薬品の「アナモレリン」が、「がん悪液質における体重減少および食欲不振の改善」を適応症として開発され、新薬としての申請が行われています(承認はまだ)。これはグレリンの強力な食欲刺激作用や成長ホルモン分泌刺激作用を利用したもので、臨床試験では体重や筋肉の増加、食欲亢進作用が確認されています。「アナモレリン」が承認され、すべての種類のがんに対して処方が可能になれば、がん悪液質の患者さんの治療に大きな貢献ができると期待されます。さらに将来的には、がん悪液質による食欲不振だけでなく、さまざまな疾患による食欲不振や体重減少に応用できる可能性が広がります。

この「アナモレリン」のような低分子化合物について、化合物の受け手側の受容体の構造がわかれば、どのように改良すればもっと作用の強力な薬ができるのか、その大きなヒントを与えることになります。より強力なグレリン様化合物が食欲不振症に応用されることが期待されます。

【論文名】 Structure of an antagonist-bound ghrelin receptor reveals possible ghrelin recognition mode

【著 者】 Yuki Shiimura, Shoichiro Horita, Akie Hamamoto, Hidetsugu Asada, Kunio Hirata, Misuzu Tanaka, Kenji Mori, Tomoko Uemura, Takuya Kobayashi, So Iwata and Masayasu Kojima

【掲載誌】Nature Communications

 

児島教授のコメント

今回のグレリン受容体の立体構造の解明によって、私たちが食欲刺激ホルモンのグレリンを発見して以来の謎だった、脂肪酸修飾の役割がようやくわかってきました。しかし「道まだ半ば」。さらに研究を進め、がん悪液質への治療応用などに結びつけていきたいと思います。

ここまで研究を進めることができたのは、久留米大学が分子生命研にこれまで十分な研究支援を与えてくれたおかげです。久留米大学でなければ、このような長い時間のかかる研究を行うことはできなかったことでしょう。とても感謝しています。

なお論文の謝辞にはRMCP(Research Mind Cultivation Program) ※において分子生命研究所で研究を行なった4名の学生への感謝のコメントが書かれています。最先端の研究を現場で体験するという、このプログラムの意義が学生にも実感されたことと思います。彼らにも大いに感謝します。

(※RMCP:医学部生の研究者としてのリサーチマインドを育むことを目的に、3年生の夏に4週間、学生を国内外の研究室に派遣し、医学研究を体験させるプログラム)