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細胞工学研究
部門について

細胞工学 研究概要

人間の体は約60兆の細胞から成り立っています。驚くべきことに、それらすべての細胞はたった一つの細胞(受精卵)に由来します。元は一つの細胞が2倍、4倍、8倍、、と分裂増殖し、体全体を構成するに至るのです。さらに驚くべきことに、すべての細胞が基本的にまったく同じ遺伝情報(染色体DNA)を持っています。細胞分裂に先立ち、染色体DNAのコピーが作られ、それが正確に娘細胞へと伝達されるからです。遺伝情報とは細胞の働きやふるまいをつかさどる必須情報ですから、もし遺伝情報が正しく伝達されないと、細胞の働きやふるまいが異常になります。

細胞はむやみに分裂増殖しているわけではありません。細胞を取り囲む状況にあわせて増殖したり、あるいは分裂を停止したりしています。実際、人間の体を構成する細胞の多くは分裂していません(もちろん死んでいるわけではありません)。微生物の場合も同様で、周囲の栄養環境などに応じて分裂増殖の様子を巧みに調節しています。多細胞生物の場合、本来分裂すべきではない細胞が無秩序な増殖を再開してしまうと、それは癌となります。そのような細胞増殖を調節するしくみも、遺伝情報の中に含まれています。

多細胞生物の場合 分裂酵母の生活環

現在、私たちの研究室では、細胞分裂や染色体DNAの伝達に関わる仕組みに興味を持ち、研究を進めています。


栄養環境(ブドウ糖濃度など)の変化に応じた細胞増殖の調節

生理的低濃度グルコース環境下での細胞増殖メカニズム

生物分類上、我々人類や分裂酵母は同じ「真核生物」というグループに属します。真核生物の体を構成する細胞にとってグルコース(ブドウ糖)は主要なエネルギー源です。細胞が円滑に生命活動を行うためには、その細胞を取り囲む環境(培養液や血液)から効率的にグルコースを取り込むことが不可欠となります。また、ヒトの場合、細胞がグルコースをうまく取り込めないと高い濃度のグルコースがいつまでも血液中に留まり続けることになり、いわゆる高血糖とよばれる症状を呈することになります。

我々は、沖縄科学技術大学院大学の柳田充弘教授グループと共同して、細胞が「効率的にグルコースを取り込む」ために必要な仕組みについて研究を進めてきました。研究モデルとして使用した分裂酵母は通常2~3% (111~167 mM)程度の高濃度グルコースを含む培養液を使って培養します。しかしながら実は、0.08% (4.4 mM)程度のグルコースしか含まない培養液中でも分裂酵母細胞は充分活発に分裂増殖できます。この0.08%という濃度はヒトの空腹時血糖値とほぼ同程度です。我々はこの点に注目し、「ヒト血糖値程度のグルコースしか含まない培養液中で分裂酵母が増殖するためには、どのような遺伝子が必要となるか?」を探索しました。

低濃度グルコース環境下での細胞増殖

その結果、

  1. Ght5グルコース輸送体遺伝子
  2. CaMKKシグナル関連遺伝子(群)
  3. TORC2シグナル関連遺伝子(群)

の3種の遺伝子(群)が必要であることが分かりました。これらの遺伝子を失った突然変異酵母は、その増殖に高濃度グルコースを必要とし、また培養液中のグルコース濃度を充分に低下させることができません。正に酵母版の「高血糖」状態となります。

では、上記の遺伝子から作られるタンパク質はどのような役割を果たしているのでしょうか?グルコース分子は親水性(=水に溶けやすい)分子であり、そのままでは細胞表面の細胞膜を通過することができません。1)に挙げたGht5グルコース輸送体タンパク質は細胞膜に埋め込まれて、選択的にグルコースを通過させるトンネルのような役割を果たします。培養液中のグルコース濃度の変化に伴い、Ght5グルコース輸送体の量が変化することを我々は見出しました。グルコース濃度が0.08%程度まで低下すると、細胞膜上のGht5グルコース輸送体の量が著しく増加します。このGht5の増量に、2)、3)に挙げたCaMKKシグナル経路、TORC2シグナル経路関連タンパク質が関与していました。これらのタンパク質は、細胞内外の変化に応じて別のタンパク質や遺伝子の機能をコントロールする「シグナル伝達」の役割を果たします。CaMKKシグナルはScr1とよばれる転写抑制因子を介してGht5遺伝子の転写を制御し、一方、TORC2シグナルはGht5タンパク質の細胞膜への輸送を制御していることが判明しました。

ヒトの筋肉細胞にはGLUT4とよばれるグルコース輸送体が存在しており、ヒト血糖値のコントロールに重要な役割を果たしていることが知られています。筋肉細胞がインシュリンに応答すると、GLUT4は細胞膜へと輸送されます。興味深いことに、GLUT4グルコース輸送体の増量、細胞膜への輸送にはそれぞれCaMKK、TORC2シグナル経路が関与しているだろうとの報告があります。したがって我々の発見は、グルコース輸送体機能をコントロールする基本的な仕組みがヒトと分裂酵母で共通である可能性を示唆しています。それゆえ、将来的には、我々の分裂酵母を用いたモデル研究が糖尿病研究にも役立つものと期待できます。

Ght5グルコース輸送体遺伝子 / CaMKKシグナル関連遺伝子(群)/ TORC2シグナル関連遺伝子(群)
参考
論文

グルコース濃度低下に伴う細胞周期応答

真核生物を構成する細胞(真核細胞)は、G1、S、G2、Mと呼ばれる4つの時期を順に経て分裂し、増殖します。これら4つの時期の周期的な繰り返しを「細胞周期」と呼びます。つまり、真核細胞は細胞周期を繰り返すことによってその数を2倍、4倍、8倍、、、と増やして増殖します。

細胞周期の進行速度は一定ではありません。一周期に必要となる時間(世代時間)は、生物種や細胞の種類によって大きく異なります。また、その細胞を取り巻く環境やストレスによる影響も受けます。たとえば、DNAに損傷を与える放射線や薬剤にさらされると、細胞周期の進行はG1期やG2期で一時的に止まります。このような細胞周期応答を「(DNA損傷)チェックポイント」と呼びます。そして、チェックポイントによって細胞周期が止まっている間にDNAの損傷は修復されます。つまり「チェックポイント」は、さまざまなストレスによって細胞やDNAに生じる障害を克服するための仕組みであるといえるでしょう。

ほとんどの真核細胞にとって、グルコースは主要なエネルギー源です。しかしながら、細胞を取り巻く環境中に常に潤沢なグルコースが存在するわけではありません。エネルギー源の枯渇、すなわちグルコース濃度の低下は細胞にとって大きなストレスになるものと考えられますが、それが細胞周期の進行をどのように調節しているのかについては長らく不明なままでした。我々の研究グループは、モデル真核生物である分裂酵母を用いて、この疑問の解明に取り組みました。その結果、グルコース濃度が低下すると、細胞周期の進行は一時的にG2期で停止するということが明らかとなりました。この結果は、栄養状態の良し悪し(この場合はグルコース濃度)を感知して細胞周期の進行をコントロールする「グルコース チェックポイント」の存在を示唆しています。さらに、そのG2期での停止には、酵母から人類に至るまで進化的に高度に保存されたWee1と呼ばれるタンパク質が必要であることがわかりました。Wee1は、Cdc25というタンパク質と競合的に働きながら、細胞周期の進行を調節する役割を持っていることが明らかとされています。

では、グルコース濃度低下に伴う一時的なG2期停止にはどのような意義があるのでしょうか?分裂酵母は、グルコースの豊富な培養液からいきなりグルコースを全く含まない培地に移すとすぐに死んでしまいます。しかしながら、グルコースを含まない培地に移す前に、低濃度のグルコースを含む培地中でほんの数時間培養してやると、グルコースを含まない培地中でも1か月程度生き続けます。つまり、低濃度グルコース培地で培養することによって、細胞の寿命が顕著に延長されるということです。この「延命効果」に、先に述べたG2期停止が必要であると思われます。Wee1タンパク質を欠損した細胞は、グルコース濃度が低下しても、細胞周期がG2期で一時停止しません。そのような細胞では、低濃度グルコース培地での培養による「延命効果」が観察されませんでした。

グルコース濃度低下に伴う細胞周期応答

Wee1を欠く分裂酵母細胞は、高濃度のグルコースが存在する環境では増殖を続けます。それゆえ、我々が今回得た結果は、「Wee1タンパク質の機能を阻害することで、グルコース飢餓環境にある細胞のみを選択的に除外できるのではないか」という可能性を示唆しています。腫瘍中の細胞(つまり癌細胞)は、酸素欠乏・栄養飢餓状態にあるものと考えられています。したがって、もし我々の得た結果がヒト細胞にも適用可能であるならば、Wee1タンパク質の機能を阻害することで選択的に癌細胞を攻撃することが可能になるかもしれません。

参考
論文

染色体DNAを娘細胞へと正確に伝達するためのしくみ

分子生物学的方法遺伝学的方法を使って調べています。

研究モデル生物としては 分裂酵母(Schizosaccharomyces pombe) を用います。人間と酵母では随分と違うように思えますが、実はどちらも同じ「真核生物」という分類に属する生物です。細胞増殖の調節や染色体伝達のしくみは、人間の細胞と酵母ではそれほど大きくは違いません。

染色体DNAを娘細胞へと正確に伝達するためのしくみ

実験室と設備について

実験室
実験室
実験室
培養室(酵母、大腸菌)
培養室(酵母、大腸菌)
培養室 (ヒト細胞)
培養室 (ヒト細胞)
クリーンベンチ
クリーンベンチ
研究機器
共焦点レーザー顕微鏡
共焦点レーザー顕微鏡
マイクロマニュピレーター付き顕微鏡
マイクロマニュピレーター付き顕微鏡
蛍光顕微鏡
蛍光顕微鏡
定量的PCR
定量的PCR