研究・産学官連携の研究TOPICS 【研究者インタビュー】医学部公衆衛生学講座 谷原 真一 教授

【研究者インタビュー】医学部公衆衛生学講座 谷原 真一 教授

本学の研究活動は多くの研究者により支えられています。このシリーズでは、研究者を中心に、研究内容やその素顔を紹介していきます。

医学部公衆衛生学講座 谷原 真一 教授

所属部署について教えてください。

医学部の公衆衛生学講座です。

どのようなことを行っているのですか?

公衆衛生学は、臨床医学とも基礎医学とも異なる性質を持っています。臨床医学のように、患者さんに対して直接治療を行うことはなく、基礎医学のように、疾病のメカニズムを直接解明するための実験研究を行うこともありません。では何をしているのかというと、現実社会の人間集団を対象として、各種の疾病の頻度を明らかにすることや、さまざまな因子の中から疾病の発生確率を増加(減少)させるものを同定した上で、それらが本当に疾患と関連があるかを検討(因果推論)する形で実施される疫学研究を基本としています。現在は診療報酬明細書(レセプト)から得られる情報を活用して厚生労働省が所管する統計調査の精度評価を中心に行っています。また、研究成果の社会実装として、市町村や国民健康保険団体連合会等と協働して、さまざまな保健事業の評価にも取り組むなど、学外の組織とも連携して各種の課題解決に取り組んでいます。

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この道に進むことになったきっかけから、これまでの歩みを教えてください。

岡山大学医学部医学科を卒業した後、岡山大学大学院医学研究科に進みました。市中病院での臨床研修を経験した後、疫学や医療経済学を学んでいましたが、途中、医局のOBの先生の応援でへき地診療所の非常勤医師として地域医療に関わる機会を持ちました。結果的に、そのへき地診療所が立地する自治体の老人医療(当時)のレセプトデータを用いて、地域住民の死亡前医療費に関するテーマで学位を取得してから、一貫してこの道を歩んでいます。なお、学位取得後の1996年に自治医科大学公衆衛生学講座に赴任し、以後、2001年に島根医科大学環境保健医学第一講座、2006年に福岡大学医学部衛生学講座、2016年に帝京大学大学院公衆衛生学研究科を経て、2018年に久留米大学医学部公衆衛生学講座に着任しました。

専門はレセプトデータの有効活用に関する研究で、特にわが国の医療に関する統計「国民医療費」の傷病別医療費の推計に関する研究を中心に行いました。このテーマは現在も継続していますが、それ以外にも医師の地理的分布に関する研究や地域住民のソーシャルキャピタルが健康に及ぼす影響に関する研究も手がけています。

これまでの研究活動のなかで、特に大きな転機はありましたか?

現在ではレセプトデータ分析は医療ビッグデータとして多くの方の注目を集めています。しかしながら、私がレセプトデータを用いた研究を始めた時代のレセプトは紙媒体で提出されており、レセプトデータを活用した研究を行う方は非常に限られていました。
平成15年より特定機能病院から始まったDPC(Diagnosis Procedure Combination)制度の導入や平成22年から全ての病院や診療所はレセプトを電子化して提出することが原則となったことから、電子化されたレセプトデータが広く利用可能になり、従来の紙ベースでのレセプトを用いた研究で大きな問題となっていたデータ入力に関する労力が大きく軽減されました。それと同時に非常に多くの方がレセプトデータを用いた研究に興味を持つようになったのが一番大きな転機と感じています。

研究がすすまない時期、どうやって乗り越えましたか?

医学部において公衆衛生の専門家はごく限られており、その中でもレセプトのように業務を通じて集積されるデータを活用した研究は、あまり一般的ではない時代が長かったため、研究が認められない時期がほとんどを占めていました。また、色々な職場を経験しましたが、レセプトを活用した研究に理解を得られる職場はごく限られていました。常日頃から、レセプトに関連する学外の研究者や実務家との連携体制を構築することで、なんとか乗り越えることができたと考えています。

お仕事以外に大事にしているものはありますか?

仕事というか、研究以外で大事にしているものとして、現実社会への還元があります。特に、レセプトなどの貴重なデータを研究に活用させていただいた市町村や国民健康保険団体連合会に対しては、研究を通じて得られた知見を社会に適用するためのディスカッションを行い、各種の保健事業で活用していただける形での還元を心がけています。

現場から離れて気分転換や休日にどんなことをされていますか?

仕事の性質上、学外への出張が多く、それによって気分転換を行っている感じです。また、休日にはできるだけ家族と過ごすようにしています。時間のあるときには、農協や漁協の直販店まで出かけて、地場の野菜や魚を入手し、それらを使った料理を食べるのが楽しみの一つです。

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現場での活動をとおして、社会、人にどのようなことをもたらしたいと思いますか?

公衆衛生学講座の責任者として、卒前教育の充実とレセプトなどの医療ビッグデータの活用から得られる研究成果を国内外に発信していきたいと思います。さらに、学部の枠を超えて、久留米大学全体として医療ビッグデータを有効活用できる体制を構築することで、学際的な研究や産学官連携活動の推進などに発展させていきたいと考えています。

研究者や医師を目指す方へメッセージをお願いします。

医学教育においては基礎医学や臨床医学を学ぶ時間が大半であることから、臨床医学とも基礎医学とも異なる性質を持つ公衆衛生学を学ぶことについて、医師を目指す方の一部から懐疑的な意見を示される場合が見受けられます。しかしながら、医師法の第一条には「医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し(以下略)」となっており、わが国で医師として活動することは、公衆衛生の向上に貢献することでもあります。また、現在のわが国の医療に関連する多くの問題は、社会全体の問題ともつながっており、現実社会の人間集団を対象として有益な知見を見いだす公衆衛生学的アプローチを身につけることで、医師としての幅を広げることが可能です。

久留米大学が「地域の『次代』と『人』を創る研究拠点大学」を目指していることについて。

わが国における公衆衛生学は、医療系学部の一専門科目とされていますが、欧米では以前から公衆衛生の専門教育が制度化されています。米国では公衆衛生を専門的に学ぶ場合、4年制大学を修了した後でSchool of Public Health(公衆衛生大学院)として医学部(School of Medicine)とは独立した大学院に進むことになります。これまで示してきたように、公衆衛生学は地域社会との接点も多く、現実社会の人間集団を対象として有益な知見を見いだす公衆衛生学的なアプローチは、地域社会との協働で得られた結果を研究成果として発信する上で、学部の枠を超えて貢献できると確信しています。

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略歴

1992年 岡山大学医学部医学科卒業
1992年 岡山大学大学院医学研究科入学
1996年 自治医科大学医学部助手
1999年 自治医科大学医学部講師
2001年 島根医科大学助教授
2003年 島根大学医学部助教授
2006年 福岡大学医学部助教授
2007年 福岡大学医学部准教授
2016年 帝京大学大学院公衆衛生学研究科教授
2018年 久留米大学医学部公衆衛生学講座主任教授

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