研究・産学官連携の研究TOPICS 【研究成果】ゲラニルゲラニル還元酵素の新規な水素付加反応特性を発見~酵素の産業利用や光合成色素の進化解明の糸口となる可能性~

図1 イソプレノイド部位を持つ有機化合物の例
本学医学部医化学講座の原田 二朗 講師は、海洋研究開発機構(JAMSTEC)と立命館大学との共同研究により、好塩性光合成細菌の一種であるHalorhodospira halochlorisが持つゲラニルゲラニル還元酵素が新規の水素付加反応特性を持つことを明らかにしました。
研究の概要
植物や微生物が持つクロロフィル色素、ビタミンE、ビタミンK1、あるいはカロチノイドといった生体化合物には、イソプレノイドと呼ばれる疎水性(水に溶けにくい)部位(図1)があり、これは細胞膜への結合あるいは細胞膜そのものとしての機能にとって重要な部位です。ゲラニルゲラニル還元酵素はこうした生体化合物のイソプレノイド部位にある不飽和炭素結合への水素付加反応(還元反応)を担う酵素であり、この反応によってこれら生体化合物は正常な結合・機能を果たすことができます。特に光合成生物の色素合成経路においては、クロロフィル(葉緑素)あるいはバクテリオクロロフィルの最終合成反応を触媒することが古くから知られていました。しかしながら、ゲラニルゲラニル還元酵素がどのようなメカニズムによって反応が起きるのかという作用原理は依然として分かっていません。
イソプレノイド化合物は自然界に多く存在し、ここには代表的な例としてクロロフィル類、ビタミン類、古細菌由来の膜脂質の化学構造を示す。点線の囲い部分がイソプレノイド側鎖部位である
今回の研究では、光合成細菌の一種であるHalorhodospira halochlorisのバクテリオクロロフィル色素合成系で働くゲラニルゲラニル還元酵素が、これまで知られてきた6つの水素原子を付加する反応ではなく、光合成生物として初めての4水素付加型の特異な酵素活性を持つことを発見しました(図2、図3)。さらに、本酵素のアミノ酸を一部変化させることで、特異な2水素付加型の活性を示す酵素へと改変することにも初めて成功しました(図3)。

左:クロロフィル色素類17位に結合したイソプレノイド部位は、生合成の初めはゲラニルゲラニル基の状態である。ゲラニルゲラニル還元酵素による水素付加数に応じて、ゲラニルゲラニル基→ジヒドロゲラニルゲラニル基(2水素付加)→テトラヒドロゲラニルゲラニル基(4水素付加)→フィチル基(6水素付加)となる。通常、植物が持つクロロフィルaを含め、多くの光合成生物のクロロフィル色素がフィチル基を持つ。合計3回の水素付加反応を単一の酵素であるゲラニルゲラニル還元酵素が担っている。
右:今回の研究によって、Halorhodospira halochlorisのゲラニルゲラニル還元酵素は、2箇所の還元反応しか行わない、4水素付加型の新規な反応特性を持つことがわかった。そのため、本菌のバクテリオクロロフィル最終産物はテトラヒドロゲラニルゲラニル基が結合したものである。

4種類のイソプレノイド部位を持つバクテリオクロロフィル色素に由来する4つの溶出ピークが検出されている。溶出時間が早い順に、ゲラニルゲラニル基(14.5分)、ジヒドロゲラニルゲラニル基(16分)、テトラヒドロゲラニルゲラニル基(17.5分)、フィチル基(20.5分)を持つバクテリオクロロフィルに由来するピークである。
1) モデル光合成生物Rhodobacter sphaeroidesの色素組成。フィチル基がついたバクテリオクロロフィルのみを生産する。
2) ゲラニルゲラニル還元酵素を、Halorhodospira halochloris由来のゲラニルゲラニル還元酵素と入れ替えたRhodobacter sphaeroides変異株の色素組成。テトラヒドロゲラニルゲラニルまでしか還元が進んでいない。
3) ゲラニルゲラニル還元酵素を、アミノ酸の一部を改変したHalorhodospira halochloris由来ゲラニルゲラニル還元酵素と入れ替えたRhodobacter sphaeroides変異株の色素組成。ジヒドロゲラニルゲラニルまでしか還元が進んでいない。
この水素付加反応は、クロロフィル色素合成の最終段階で行われるものですが、今回の研究では、いずれの酵素反応の結果生じる色素でも光合成ができることが確認されており、今後は異なる色素が生じた理由などの解明に取り組むことで、光合成進化の中で色素分子種が果たす役割などを明らかにしていきます。光合成反応の要となるクロロフィル類の進化については、未だ解明されていないことが多く、本研究が光合成色素の進化研究の発展に繋がることが期待されます。
今回の研究によって、3つのタイプの水素付加反応を触媒する酵素が出揃ったことになり、この研究成果はゲラニルゲラニル還元酵素全般の作用原理を解明する足掛かりとなるものです。将来的にはビタミンやキノン等の健康食品化合物の改変・生産へ役立つことも期待されます。
研究成果のポイント
ゲラニルゲラニル還元酵素とは、植物、微生物、古細菌などの広範な生物が持つイソプレノイド含有化合物(クロロフィル色素、ビタミンE、ビタミンK1、膜脂質等)の不飽和炭素結合に対する水素付加反応を触媒する酵素である。
好塩性光合成細菌の一種であるHalorhodospira halochlorisが持つゲラニルゲラニル還元酵素が、4水素付加型の反応特性を持つことを明らかにした。これは今までに植物、藻類、シアノバクテリアを含むいずれの光合成生物でも知られていない特異な酵素反応特性である。
本菌の酵素は、ゲラニルゲラニル還元酵素全般の作用原理を解明していく足掛かりとなり、今後は酵素の任意改変と産業利用や、光合成色素の進化研究の発展に役立つことが期待される。
将来展望
ゲラニルゲラニル還元酵素は、クロロフィル類の生合成経路の最終ステップで機能する(図4)ことから、光合成進化の中では比較的最近に獲得されたものであると考えられます。色素合成酵素の進化的獲得経緯や生理的意義の解明が進むことによって、始原的な光合成機構や酵素が獲得された当時の地球環境推定といった地球と生命の共進化の研究発展へ繋がることが期待されます。
今回の研究では、クロロフィル色素生合成で働く酵素として、これまでに例のない反応形態が見つかりました。一方で、ゲラニルゲラニル還元酵素を入れ替えたモデル生物Halorhodospira halochlorisの変異株は、色素のイソプレノイド部位が変わったにもかかわらず、光合成で生育することが可能でした。また、Halorhodospira halochlorisが元々生産する色素についても、通常とは異なるイソプレノイド部位を持つことが、本菌の光合成反応にどのような影響をもたらしているのかまでは解明できていません。つまり酵素の反応性の違いが生物に何をもたらしているのかという根源的な問いは残されたままです。色素のイソプレノイド部位の二重結合数の変化は、吸収する光波長には影響せず、色素と細胞膜や膜タンパク質との相互作用に関係があると予想されますが、本菌が棲息する塩湖などの高塩濃度環境との関連性も含めて、その生物的意義を明らかにしていくことが今後の課題の一つです。 今回の研究成果により、通常の6水素付加型に加えて、Halorhodospira halochlorisの4水素付加型、さらにそれを改変した2水素付加型のゲラニルゲラニル還元酵素が見出されました。これら3タイプの酵素について、生化学的・構造学的な検証と比較を進めていくことで、ゲラニルゲラニル還元酵素の連続水素付加反応の作動原理を解明できる可能性が高まったと言えます。単一の酵素内で複数回の還元反応を行うという特性の普遍的原理を理解できれば、将来的には、ビタミンやキノン等のイソプレノイド化合物の任意改変と生産に役立つこと、さらには水素原子の出し入れによるエネルギーの貯蔵・輸送といった酵素の産業利用へと繋がることが期待されます。

クロロフィル色素は、アミノ酸派生物である5アミノレブリン酸を初発物質として、多段階の酵素反応ステップにより生合成される。生合成の最終段階(※印の破線矢印)において、クロロフィルかバクテリオクロロフィルかに関わらず共通のステップとして、ゲラニルゲラニル基の結合が起こり、次いでゲラニルゲラニル還元酵素によるゲラニルゲラニル基のフィチル化が起こる
発表
【タイトル】 Incomplete hydrogenation by geranylgeranyl reductase from a proteobacterial phototroph Halorhodospira halochloris, resulting in the production of bacteriochlorophyll with a tetrahydrogeranylgeranyl tail
【著者】 塚谷祐介1、原田二朗2、黒澤佳奈子1、田中圭子1、民秋 均3
1. JAMSTEC、2. 久留米大学、3. 立命館大学
DOI: https://doi.org/10月11日28/jb.00605-21 (太字が本学在籍者)
【掲載誌】Journal of Bacteriology誌
※本研究の一部は科学研究費補助金(19H02018、18H03743、17H06436)およびアストロバイオロジーセンター プロジェクト研究(AB021015)によって実施されました。