研究・産学官連携の研究TOPICS 【研究成果】乳がんの無再発生存期間に関与する遺伝子の同定と,その機能に関する研究成果について

現在、乳がんは女性が罹患する最多の悪性腫瘍です。新たに乳がんと診断されるのは世界 で約 230 万人(2020 年)、日本では約 93,000 人(2018 年)にのぼります。 こうした乳がんは、早期発見・早期治療により治癒が期待できる一方で、多くの方がその 後の再発に苦しんでいます。しかし現在、乳がん再発の分子メカニズムは充分には解明され ていません。
本学バイオ統計センターの室谷健太教授は、愛知医科大学病理学講座の研究グループおよび東京都医学総合研究所との共同研究により、乳がんの無再発生存期間に関与する遺伝子を同定し,その機能を解明しました。
本研究成果は、論文引用頻度の極めて高い分子生物学学術誌「EMBO reports」に掲載されています。
研究の概要
今回 20 年以上経過を追った欧米の乳がん 3,951 症例のデータを用いて、20%の症例が再 発するまでの期間を解析したところ、FAM189A2 高発現群は 45 カ月であるのに対し、 FAM189A2 低発現群は 23.5 カ月で再発していました。さらにホルモン受容体陽性乳がん 1,933 例の解析では、5 年以内の再発率が FAM189A2 高発現群では 17.1%であるのに対し、 FAM189A2 低発現群では 31.0%と増加していました。 そこでヒト乳がん細胞株から改めて FAM189A2 遺伝子を抽出し解析した所、同遺伝子産 物は 450 アミノ酸からなる細胞膜貫通タンパク質であり、細胞内小胞(エンドゾーム)の形 成・輸送に関わる EPN1 と結合すること、また PPxY モチーフと呼ばれる特徴的配列を介し て HECT 型ユビキチン E3 リガーゼ ITCH と結合しこれを活性化すること、さらに ITCH の ユビキチン化基質として知られていた CXCR4 のユビキチン化と細胞表面からエンドゾー ムへの取込みを亢進させることを見出しました(下図)。 さらに CRISPR/CAS9 システムを用いた分子生物学的実験手法を用い、人工的に FAM189A2 遺伝子を破壊した乳がん細胞株を作成し解析した所、同細胞株では CXCL12 刺 激下でも CXCR4 は細胞表面に表出し続け、細胞運動能や幹細胞化も亢進していることが証 明されました。 従来から ITCH を活性化する因子として NDFIP1 や N4BP1 と呼ばれる遺伝子産物が報告 されています。しかし今回の FAM189A2 は、これらとはがん症例での発現状況、細胞内局 在、タンパク構造や分子進化が異なることから、研究チームは FAM189A2 を新規ユビキチ ン化酵素活性化因子 ENTREP (ENdosomal TRansmembrane binding with EPsin)と命名し、 遺伝子データベースに登録しました(LC496047.1 DDBJ/EMBL-EBI/GenBank database)。
研究成果のポイント
発現低下により乳がんの無再発生存期間が短縮する遺伝子を同定し、ENTREPと命名した。
ENTREPはユビキチンE3リガーゼITCHの新規活性化因子であった。
ENTREPはITCHのユビキチン化基質であるケモカイン受容体CXCR4のユビキチン化と細胞表面から細胞内小胞体への取込みを亢進した。
ENTREP発現低下によりCXCL12-CXCR4によるがん細胞運動能やがん幹細胞化が亢進した。
将来展望
ENTREP は乳がんのみならず、多くの肺がん、頭頚部がん症例でも発現低下しています。 その為、今回発見した ITCH を介する CXCR4 制御以外にも、がん細胞の性状に関わる多く の受容体制御に関わっている可能性が示唆されます。今後は ENTREP により制御される他 の受容体を探索し、ENTREP によるがん再発の分子メカニズムの全容を解明すると共に、 ENTREP 発現の多寡を踏まえた乳がん患者の層別化と適切な個別化医療に結び付けたいと 考えています。
発表
【タイトル】 ENTREP/FAM189A2 encodes a new ITCH ubiquitin ligase activator that is downregulated in breast cancer. (乳がんで発現低下している ENTREP/FAM189A2 は ITCH ユビキチン リガーゼの新規活性化因子をコードする)
【著者】 角田拓実、陸美穂、山田徳香、土屋光、冨田拓哉、鈴木美奈子、木付麻里、 猪子誠人、伊藤秀明、室谷健太、村上秀樹,佐伯泰、笠井謙次 (太字が本学在籍者)
【掲載誌】EMBO reports doi: 10.15252/embr.202051182.
※本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(19K16569, 19K06671, 20K16182, 20K16205, 18K07031, 18H05498,19K07449)の支援を受けて行われました。