研究・産学官連携の研究TOPICS 血液中のサイトカインシグネチャーでがん免疫療法の有効性を予測

血液中のサイトカインシグネチャーでがん免疫療法の有効性を予測
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機械学習を用いて血液中のサイトカインシグネチャーを調べることで、がん免疫療法が有効な患者を選別できることを発見

本学医学部医学科 内科学呼吸器神経膠原病内科部門 東 公一准教授と、神奈川県立がんセンター、横浜市立大学、味の素株式会社の共同研究チームの論文が、国際科学誌「Journal for ImmunoTherapy of Cancer (JITC)」に、2023年7月13日に公開されました。

免疫チェックポイント阻害薬として抗PD-1/PD-L1抗体(注4)が各種がん患者に対して臨床応用されていますが、治療効果を予測するためのバイオマーカー開発が望まれています。今回の研究では、機械学習の手法を駆使して、治療前の血液中のサイトカインプロファイルから、免疫チェックポイント阻害薬の治療効果と関わるサイトカインシグネチャーを発見しました。低侵襲で高精度に免疫チェックポイント阻害薬治療が有効な患者を選別できることから、血液中のサイトカインシグネチャーが治療法選択のための新しいバイオマーカーとして臨床応用されるものと期待されます。

発表のポイント

● 機械学習(注1)の手法を用いて、血液中のサイトカイン(注2)プロファイルから、がん免疫療法(免疫チェックポイント阻害薬)(注3)の長期的治療効果を予測できるサイトカインシグネチャーを発見しました。

● 治療前の血液中のサイトカインを調べることで、がん免疫療法が有効な患者を選別できることが明らかとなりました。

● 低侵襲かつ高精度に検査できることから、今後、血液中のサイトカインシグネチャーががん患者の治療法選択に有用な新しいバイオマーカーとして臨床応用されるものと期待されます。

本研究の背景

各種がん患者に対して免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-1/PD-L1抗体)が使用されるようになっています。ただし、その臨床的効果は患者により異なることや重篤な有害事象を合併することもあるため、効果の期待できるがん患者だけを選別する“個別化免疫治療”の開発が望まれています。また、本治療は高額であるため、有効な患者を選別するバイオマーカーの開発は医療経済的にも重要な課題といえます。現在、抗PD-1/PD-L1抗体治療におけるバイオマーカーとして腫瘍組織でのPD-L1発現や遺伝子変異の多寡などが用いられていますが、その臨床的評価は定まっていません。また、腫瘍組織を用いた解析であるために患者に対して大きな侵襲を伴うこともあります。従って、新しいバイオマーカー、特に、容易に採取可能な末梢血を用いて測定できるバイオマーカーの開発が望まれます。

サイトカインは、主に免疫細胞から分泌される低分子のタンパク質からなる生理活性物質であり、周囲の免疫細胞などに様々な影響を及ぼすことにより、細胞間の情報伝達因子として重要な役割を担っています。本研究では、機械学習の手法を駆使して、93種の末梢血サイトカインから免疫治療の有効性と関わる重要なサイトカインを抽出し、そのシグネチャーを用いて免疫チェックポイント阻害薬の治療効果を予測できるかどうかを検討しました。

本研究の成果

1) 機械学習を用いて93種の血中サイトカインから免疫治療効果と関連する重要なサイトカインの抽出

本研究では、抗PD-1/PD-L1抗体治療を受けた進行・再発非小細胞肺がん(注5)患者222例(探索コホート:123例;検証コホート:99例)から治療開始前に採取した血液を用いて、血中サイトカイン濃度をマルチプレックスサスペンションアレイ法(注6)で網羅的に計測しました。Random Survival Forestという機械学習のアルゴリズムを用いて、各サイトカインの全生存期間予測における重要度を調べたところ、Osteopontin, CX3CL1, IL-11などの14種のサイトカインが抽出されました(図1)。

図1

2)重要サイトカインを用いた免疫治療効果の予測

機械学習により抽出された14種の重要サイトカインの濃度を用いて、全生存期間の予測モデル(preCIRI14)を構築しました。このモデルにより計算された予測リスクスコアを用いると、予後良好群と予後不良群の間に全生存期間の有意な違い(P<0.0001)が確認され、治療効果の高い患者を高精度に予測できることが判明しました(図2)。

図2

3)  他の臨床情報との組み合わせによる免疫治療効果の予測性能の向上

治療効果の予測性能をさらに向上させるため、患者さんの年齢、性別、病期、BMI(注7)、血漿アルブミン、好中球・リンパ球比、腫瘍PD-L1発現、など入手可能な臨床情報7因子を取り入れ、全生存期間を予測するモデル(preCIRI21)を構築しました。重要サイトカインのシグネチャーと臨床情報の組み合わせにより、治療効果の予測性能がさらに向上することが確認できました(図3)。

これらの結果から、末梢血のサイトカインシグネチャーを用いて免疫チェックポイント阻害薬の長期的な治療効果を予測できることが明らかとなり、低侵襲かつ高精度なバイオマーカーとしての新規性・有用性が示されました。

図3

4)  サイトカインシグネチャーによる免疫治療の予測リスクスコアと各重要サイトカインとの相関関係

preCIRI14モデルを用いて算出された免疫治療効果の予測リスクスコアと各重要サイトカインとの相関関係を調べたところ。Osteopontin、CX3CL1、IL-11など大半のサイトカインは予測リスクと正の相関を示し、予後不良群に濃度が高いという傾向が確認されました(図4)。このように、免疫治療をうけるがん患者において各サイトカインの重要性を検討することは抗腫瘍免疫のメカニズム解明や新規治療法の開発に貢献すると期待されます。

図4

本研究の意義

本研究の成果として、末梢血サイトカインシグネチャーが免疫チェックポイント阻害薬の臨床効果を予測するバイオマーカーとして臨床応用されれば、“個別化がん免疫治療”が可能となり、高い効果の期待される患者を選択することによる治療成績の向上や、不必要な治療による不利益(有害事象合併・医療費浪費)の回避につながるものと期待されます。

東先生コメント

肺癌領域に免疫チェックポイント阻害剤が臨床導入されて5年以上が経過しました。そのおかげで、予後不良であった進行期の非小細胞肺癌患者さんの生命予後は以前と比べると改善してきています。ただ、この免疫チェックポイント阻害剤の問題点として、すべての患者さんに治療効果があるわけでなく、また、免疫関連有害事象もあります。どのような患者さんに治療効果が認められるのか?血液で調べて治療効果の予測ができればと思い研究を開始しました。研究結果がなかなか実を結ばず苦労しましたが、神奈川がんセンターとのチームワークで突破することができました。この研究にはまだ続きがありますので、これからも頑張ります。

発表雑誌と支援を受けた研究費

雑誌名

Journal for ImmunoTherapy of Cancer

タイトル

Machine Learning for Prediction of Immunotherapeutic Outcome in Non-Small-Cell Lung Cancer based on Circulating Cytokine Signatures

著者名

Feifei Wei1,2*, Koichi Azuma3, Yoshiro Nakahara4,5, Haruhiro Saito4, Norikazu Matsuo3, Tomoyuki Tagami6, Taku Kouro1,2, Yuka Igarashi1,2, Takaaki Tokito3, Terufumi Kato4, Tetsuro Kondo4, Shuji Murakami4, Ryo Usui4, Hidetomo Himuro1,2, Shun Horaguchi1,2,7, Kayoko Tsuji1,2, Kenta Murotani8, Tatsuma Ban9, Tomohiko Tamura9, Yohei Miyagi10, and Tetsuro Sasada1,2*

(* co-corresponding Authors)

所属

  1. 神奈川県立がんセンター 臨床研究所 がん免疫療法研究開発学部
  2. 神奈川県立がんセンター がんワクチン・免疫センター
  3. 久留米大学医学部医学科 内科学 呼吸器神経膠原病内科部門
  4. 神奈川県立がんセンター 呼吸器内科
  5. 北里大学医学部 呼吸器内科学
  6. 味の素株式会社 バイオ・ファイン研究所
  7. 日本大学医学部 小児外科学
  8. 久留米大学 バイオ統計センター
  9. 横浜市立大学大学院医学研究科 免疫学教室
  10. 神奈川県立がんセンター 臨床研究所 

掲載日 

2023年7月13日(オンライン掲載)

研究費

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)「次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業:患者層別化マーカー探索技術の開発/医療ニーズの高い特定疾患・薬剤に対する患者層別化基盤技術の開発(JP19ae0101076、研究代表者 笹田哲朗)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業「基盤研究C(22K08724、研究代表者 魏菲菲)」および公益財団法人細胞科学研究財団「令和4年度研究助成(研究代表者 魏菲菲)」による助成を受けて行われました。

 

用語説明

(注1)機械学習

機械学習とはデータを分析する方法の一つで、データ内に潜むパターンをコンピューターに学習させることで、未知のデータを判断するためのルールを獲得することを可能にするデータ解析技術です。

(注2)サイトカイン

サイトカインとは、主に免疫細胞から分泌される低分子のタンパク質からなる生理活性物質であり、周囲の免疫細胞などに様々な影響を及ぼし、細胞間の情報伝達因子として重要な役割を担っています。

(注3)免疫チェックポイント阻害薬

免疫チェックポイントと呼ばれる免疫を抑制する分子が、がんの進行に関与することが知られています。免疫チェックポイント分子を阻害する薬剤は従来の抗がん剤のメカニズムとは異なり、がん患者が本来もつ免疫力を回復させることによりがんを治療します。

(注4)抗PD-1/PD-L1抗体

PD-1/PD-L1は免疫チェックポイント分子の一つであり、抗体薬を用いてこの分子の作用を抑えることでがんに対する免疫力が回復します。特に、この薬剤はがん細胞の攻撃において主役を担うT細胞の機能を回復させます。

(注5)非小細胞肺がん

肺がん全体の8~9割を占め、「腺がん」「扁平上皮がん」「大細胞がん」などに分類されます。手術でがんを取り除くことができるⅠ、Ⅱ期の患者さんでは基本的に手術が行われますが、手術では取り除けない場合や手術に耐えられない場合には、放射線療法や薬物療法(抗がん剤、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬)による治療が行われます。

(注6)マルチプレックスサスペンションアレイ

サイトカインなどのタンパク質を定量的に解析する手法です。蛍光標識されたビーズを特殊なフロー法により検出することで、サイトカインなどの多種類のタンパク質を一度に網羅的に定量することができます。

(注7)BMI

BMI(Body Mass Index)はボディマス指数と呼ばれ、体重と身長から以下の式で算出される肥満度を表す体格指数です。BMI=体重(kg)÷{身長(m)}2

研究TOPICS

TOPICS:血液中のサイトカインシグネチャーでがん免疫療法の有効性を予測