研究・産学官連携の研究TOPICS 全身炎症に併発する不安・うつ様行動を抑制する抗炎症薬を発見

全身炎症に併発する不安・うつ様行動を抑制する抗炎症薬を発見

(実験を主に担当した沈 龍佑医師(現在「しん漢方心療クリニック」院長)と医学部薬理学講座 西教授(右))

本学医学部薬理学講座 西 昭徳教授の研究チームは、アリゾナ大学医科大学フェニックス校、旭川医科大学、関西医科大学との共同研究により、炎症性腸疾患モデルにおける炎症と併発する不安・うつ様行動を抑制する抗炎症薬を発見し、その研究成果が国際科学誌「Brain, Behavior, and Immunity」に掲載されました。

うつ病は全身性炎症疾患に併発することが多く、炎症性サイトカイン(注1)とキヌレニン経路(注2)がうつ病の病態に関与することが知られていることから、研究チームは全身性炎症とうつ様症状を抑制する治療薬を探索。その結果TDO (tryptophan 2,3-dioxygenase)阻害薬(注3)とされていた「680C91」には、炎症組織のマクロファージにおいてJAK/STATシグナル(注4)抑制を介して炎症性サイトカインの産生を阻害する抗炎症薬としての働きがあることが明らかになりました。炎症性腸疾患モデルマウスを用いた解析により、680C91は全身炎症に併発する不安やうつ症状に対して治療効果を発揮する可能性が示唆されました。

JAK/STATシグナルを抑制する分子機構を解明することにより、炎症性腸疾患を含む全身性炎症疾患に併発する精神疾患の新規治療法の開発が期待されます。

研究の概要

うつ病は全身性炎症疾患に併発することが多く、炎症性サイトカインとキヌレニン経路がうつ病の病態に関与することが知られています。

そこで、研究チームは全身性炎症とうつ様症状を抑制する治療薬を探索することにしました。

まず最初に、キヌレニン経路に着目し、トリプトファンをキヌレニンに変換するTDOおよびIDO (indoleamine 2,3-dioxygenase) 阻害薬(注5)の炎症性サイトカイン産生に対する効果をマクロファージ培養細胞(Raw264.7細胞)(注6)を用いて検討しました。

その結果、TDO阻害薬である680C91は、リポポリサッカライド(LPS)(注7)刺激により増加するIL-1βやIL-6などの炎症性サイトカインを減弱させることが明らかになりました。この680C91が示した抗炎症作用は、TDO阻害を必要とせず、JAK/STATシグナルの抑制によることを明らかにしました。

次に、炎症性腸疾患モデルであるDSS (デキストラン硫酸ナトリウム) 誘発性腸炎マウスを用いて、680C91の作用を検討しました。

DSSを7日間飲水投与した急性期では、大腸組織に急性炎症が起こり、炎症性サイトカインの産生増加、STATシグナルの活性化が認められました。680C91をDSSと同時に投与すると、腸炎に伴う炎症性サイトカインの産生、STATシグナルの活性化が抑制されました。

回復期(3週間後)において、DSS誘発性腸炎マウスは不安・うつ様行動を示しましたが、680C91は不安・うつ様行動に対して改善効果を示しました。また、680C91はマウスのアンヘドニア(無快楽症)様行動も改善しました。680C91による不安・うつ様行動、特にアンヘドニアの抑制は、側坐核 (注8)におけるドパミン報酬応答の減弱に対するレスキュー効果と関連していることが示唆されました。

この研究により、TDO阻害薬とされていた680C91には、炎症組織のマクロファージにおいてJAK/STATシグナル抑制を介して炎症性サイトカインの産生を阻害する抗炎症薬としての働きがあることが明らかになりました。680C91は、TDO阻害によりキヌレニン代謝産物の産生を抑制すると同時にセロトニン産生を促進する可能性があるため、JAK/STATシグナル抑制とTDO阻害の2つの機序により全身炎症に併発する不安やうつ症状に対して治療効果を発揮する可能性が示唆されました。

今後の展開

JAK/STATシグナルを抑制する分子機構を解明することにより、炎症性腸疾患を含む全身性炎症疾患に併発する精神疾患の新規治療法の開発が期待されます。

680C91:炎症性腸疾患モデルにおける抗炎症作用と抗うつ作用
680C91:炎症性腸疾患モデルにおける抗炎症作用と抗うつ作用

なお、本研究で用いた680C91は、IL-1β阻害薬として特許を取得しています(特許第7290223号)。

用語解説

注1)炎症性サイトカイン
炎症反応を促進する働きを持つサイトカイン(主に免疫系細胞から分泌されるタンパク質)。免疫に関与し、細菌やウイルスが体に侵入した際に、それらを撃退し体を守る重要な働きをするもの(IL-1やIL-6、TNF-αなど)。

注2)キヌレニン経路
キヌレニン経路はトリプトファンの代謝経路の一つであり、人体では摂取されたトリプトファンの大部分がキヌレニン経路により代謝されている。キヌレニン経路の代謝産物は免疫系や神経系に作用することが知られている。

注3)TDO(tryptophan 2,3-dioxygenase) 阻害薬
TDOはトリプトファンからキヌレニンを合成する酵素。TDOは癌細胞での発現が高く、TDO阻害薬は抗がん剤として注目されている。

注4)JAK/STATシグナル
炎症を引き起こすシグナル伝達経路の一つで、JAK(ヤヌスキナーゼ)および STAT(シグナル伝達兼転写活性化因子)はサイトカイン調節の情報伝達において重要な役割を果たしていると考えられている。

注5)IDO (indoleamine 2,3-dioxygenase) 阻害薬
IDOは、TDOと同じく、トリプトファンからキヌレニンを合成する酵素。炎症によりマクロファージや樹状細胞において発現が誘導される特徴がある。IDO阻害薬も抗がん剤としての開発が進められている。

注6)RAW264.7細胞
マウス由来のマクロファージ培養細胞株。自然免疫系の細胞として免疫機能の調節に重要な役割を果たしており、さまざまな研究に用いられている。

注7)リポポリサッカライド(LPS)刺激
グラム陰性桿菌の外膜に存在する成分であり、内毒素(エンドトキシン)とも言われる。B細胞、単球、マクロファージなどの免疫細胞の強力な活性化因子として働く免疫細胞は、LPSなどの刺激を受けることによって、サイトカインを産生する。

注8)側坐核
中脳ー辺縁系を構成する神経核であり、腹側被蓋野ドパミン神経の投射を受ける。側坐核におけるドパミン作用は報酬応答に重要であり、喜びや幸せなどの快情動や意欲に深く関わっている。

論文情報

【題 名】 Inhibition of STAT-mediated cytokine responses to chemically-induced colitis prevents inflammation-associated neurobehavioral impairments.

【著者名】Sin R, Sotogaku N, Ohnishi YN, Shuto T, Kuroiwa M, Kawahara Y, Sugiyama K, Murakami Y, Kanai M, Funakoshi H, Chakraborti A, Bibb JA, Nishi A.

【掲載誌】 Brain, Behavior, and Immunity
【掲載日】 2023年8月23日
【DOI】 10.1016/j.bbi.2023.08.019(Online ahead of print. PMID:37625556)

研究TOPICS

TOPICS:全身炎症に併発する不安・うつ様行動を抑制する抗炎症薬を発見