研究・産学官連携の研究TOPICS 吸入麻酔薬はなぜ効くのか?作用メカニズムの一端を解明 ~標的分子の1つとして1型リアノジン受容体を特定~

JST 戦略的創造研究推進事業 ERATOにおいて、東京大学 大学院医学系研究科 機能生物学専攻 システムズ薬理学分野の上田 泰己 教授(久留米大学 特別招聘教授 兼任)、金谷 啓之 医学博士課程大学院生、桑島 謙 特任研究員(研究当時、現 同大学医学部附属病院 麻酔科・痛みセンター 助教)、大出 晃士 講師らの研究グループは、カルシウム放出チャネルである1型リアノジン受容体(RyR1)が、吸入麻酔薬の標的分子として全身麻酔の導入に関与していることを見いだしました。
吸入麻酔薬の麻酔作用は約180年前に発見されて以来、外科手術の全身麻酔などに用いられてきましたが、どのようにして麻酔作用を発揮するのかは、いまだ完全に解明されていません。これまでの研究から、吸入麻酔薬が複数のたんぱく質に作用して麻酔効果を発揮することが分かっていましたが、未知の標的分子の存在も示唆されていました。
一方、通常と異なるRyR1を持つ(RyR1の変異)患者は、吸入麻酔薬によってまれに引き起こされることがある悪性高熱症注1)の発症リスクが高いことが知られていましたが、吸入麻酔薬とRyR1との直接的な分子間相互作用は明確に示されておらず、麻酔作用との関連も分かっていませんでした。
本研究グループはまず、イソフルランをはじめとする吸入麻酔薬がRyR1を活性化して小胞体注2)からのカルシウム放出を促すことを確認しました。次に、イソフルランによる活性化に重要なRyR1のアミノ酸残基を特定することに成功し、イソフルランの結合部位を推定しました。また、イソフルランに反応しないRyR1変異体を発現する遺伝子改変マウス(ノックインマウス注3))を作製してイソフルランを投与したところ、正常なマウスに比べ、部分的に麻酔への感受性が低下することが確認できました。さらに、化合物スクリーニングによってイソフルランの推定結合部位に作用する新しい化合物を特定することに成功し、その化合物が実際にマウス個体で鎮静作用に近い効果があることを見いだしました。
これらの結果は、RyR1がイソフルランの標的分子の1つとして麻酔作用に関与することを示唆しています。本成果は、全身麻酔に用いられる吸入麻酔薬の分子メカニズムの一端を明らかにするものです。これまでの研究では、哺乳類においてRyR1と麻酔作用の関連は示されておらず、新しい知見となります。麻酔薬が作用する仕組みをより詳細に理解することで、より優れた麻酔薬や投与方法の開発につながる可能性が期待されます。本研究は、筑波大学 医学医療系の広川 貴次 教授、順天堂大学 医学部の大久保 洋平 准教授、村山 尚 准教授、日本大学 医学部の飯野 正光 上席研究員らと共同で行われました。
本研究成果は、2025年6月3日(米国東部夏時間)に米国科学誌「PLOS Biology」オンライン版で公開されました。
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