研究・産学官連携の研究TOPICS 【研究者インタビュー】分子生命科学研究所(遺伝情報研究部門)佐藤 貴弘 教授
本学の研究活動は多くの研究者により支えられています。このシリーズでは、研究者を中心に、研究内容やその素顔を紹介していきます。
現在、取り組んでいる研究について教えてください
分子生命科学研究所(遺伝情報研究部門)では、ホルモンや神経を通じて体がどのように環境を感じ取り、エネルギーの使い方を調節しているのかを研究しています。研究の柱は大きく二つあります。
・エネルギー代謝と摂食制御の研究: エネルギーの「取り込み」(摂食)と、「消費の抑制」(トーパー:低代謝状態)という両面から生命活動を捉え、その中心である「摂食制御」をテーマにしています。食欲や満腹感を左右するホルモンの働きに注目し、今後は、味や匂いといった感覚と摂食行動とのつながりについても研究を展開したいと考えています。
・ペプチドホルモンの探索研究: 新しい因子を見出すことは、生命現象に潜む生理機能を理解することにつながります。若い頃からこの領域に強い関心を持ち、いつか自分の手で未知のペプチドホルモンを見つけたいという夢を持ち続けています。
研究者を志したきっかけと、現在の専門分野を選ばれた理由を教えてください
小学生の頃は釣りに夢中で、天気の良い日は海へ、雨の日は本屋に通って釣り雑誌を買っていました。ある日、釣り雑誌コーナーの隣にあった科学雑誌の棚で、たまたま目に入った『Newton』を手に取り、細胞融合の記事に出会ったのをよく覚えています。ジャガイモとトマトを融合させた「ポマト」を知ったときの衝撃から、研究によって新しいものを見つけたい、知りたいという思いが芽生えました。
専門分野については、幼稚園に入る前から食べることに関心があり、大食いで驚かれていた一方で「自分は我慢しているつもり」という感覚もありました。大きくなることと食べることには強い興味を持っていて、大学では農学部に進み、成長ホルモン細胞の分化について研究しました。研究を深めるうちに、成長や食欲を統合的に調節する仕組みに関心が広がり、神経内分泌学へと進むようになりました。
現在取り組まれている主な研究課題について、さらに詳しくお聞かせください。
食欲がかたちづくられるしくみと、食べることによって太ったり痩せたりするエネルギー代謝の調節(摂食=エネルギーの取り込み、トーパー=エネルギーの消費抑制)を中心に研究しています。大食いだった自身の経験から、空腹になると思うように動けなくなったりすることに興味を持ち、エネルギー抑制のメカニズムに関心を深めてきました。
食欲は生物の三大欲求のひとつでもあり、睡眠欲や性欲との接点についても、科学的な理解を深めていきたいと考えています。これらの現象をより深く理解するためにも、新しいペプチドホルモンを発見し、新機能を解明していきたいと考えています。
大学院への進学は、先生にとってどのような経験でしたか
研究者になるには大学院に進むしかないと考え、当時の指導教授の「博士号は自動車の運転免許のようなもの。博士号を取ってからが本番だ。」という言葉に背中を押されました。
大学院は、学部時代とは違い自分でやりたいと思ったことを実践できる場でした。今思えば恥ずかしい失敗もたくさんありましたが、先輩や先生に笑って受け止めてもらえたことで、次はちゃんとやろうという熱意につながりました。時間を忘れて研究に没頭できた良い時代だったと思います。
博士号は、指導教授が言っていたように「免許」です。自らの発想で研究できる機会と責任を与えられるものであり、研究者としてのスタートラインに立つための証だと考えています。
研究活動や教育活動において、最も大切にされていることは何ですか
教育でも研究でも「ひと」を大切にしています。小中学校の教員を意識した時期もあり、教育では個性を活かしながら人が育っていく姿を見るのが楽しいと感じます。大学時代のアルバイトでは、あえて地方の小規模な塾の講師を選び、生徒と近い距離で接しました。教えるというよりも「こう学んだらどう考えられる?」と一緒に考える姿勢を大切にしてきました。教育では「焦らせない」を意識し、じっくり考えることで真の理解や新しい発想につながると考えています。
研究では「仲間」を大切にしています。研究は孤独な作業の積み重ねですが、何かを見つければ、それぞれの専門を活かしてもっと面白い展開につながります。分野を超えてフランクに話し合える関係を築き、共に夢を作り上げていくことを重視しています。私自身のモットーは「研究は地味に、しかし展開は夢を持って」です。
研究のやりがいや、研究活動を通してご自身が成長できたと感じる点をお聞かせください
研究では、誰も知らなかった問いに自分が初めて答えられたときに、大きな喜びとやりがいを感じます。
大学までは理屈でガチガチに考えるタイプでしたが、研究を通して柔らかくものごとを受け入れる余裕が生まれました。失敗や予想外の出来事を笑い話にしたり、時には馬鹿なことを言って場を和ませたりするようになり、知識を積み上げるだけでなく、広い視点で世界を捉える力を学びました。
教育では、かつての学生が成長した姿を見せに来てくれるときに、この仕事を続けてきて良かったと実感します。
研究が行き詰まったときの対処法や、リフレッシュ方法を教えてください
リフレッシュには、趣味の時間を大切にしています。釣りや登山(九重連山、阿蘇など)、園芸、鳥類撮影などアウトドア系の趣味が多く、気分に合わせて楽しんでいます。また、日本酒をこよなく愛しており、仲間と語らう時間は良いリフレッシュになります。
最近は、研究から少し離れて芸術の世界にも目を向け、これまであまり足を運ぶことのなかった美術館などにも出かけるようになりました。「芸術脳」を鍛えることも意識しています。研究以外の時間を持つことで、新しい発想が刺激されることもあります。
若い研究者や学生へメッセージをお願いします
研究の世界はとても楽しいものです。自らの手で確かめ、考えたことが形になったときの喜びは、何にも代えがたいものがあります。思いどおりに進まないことも多々ありますが、一歩進んでは立ち止まり、ときには後戻りしながらも地道に考え続け、試し続けることで前に進んでいきます。そんなとき支えになるのが仲間の存在です。うまくいかない時に励まし合い、議論の中から新しい発想が生まれることもあれば、異なる分野の方との交流が思いがけない視点を与えてくれることもあります。そうした人とのつながりが、研究を続ける力になります。
このような経験を通して感じるのは、研究は「問いを持ち続けること」そのものだということです。若い研究者のみなさんには、誰しもが抱く“なぜだろう”という疑問を大切にしてほしいと思います。効率を求めすぎる現代だからこそ時間をかけて考え、自らの手を動かし、真実を確かめる喜びを味わってほしいと思います。その積み重ねが、きっとみなさん自身の未来を形づけ、次の時代の科学へとつながっていきます。
略歴
1973年 宮城県生まれ
1997年 東北大学農学部卒業
2002年 東北大学大学院農学研究科博士課程修了(農学博士)
2002年 久留米大学分子生命科学研究所 博士研究員、助手、助教、講師、准教授
2024年 久留米大学分子生命科学研究所 教授(専門:神経内分泌学、エネルギー代謝)
受賞歴
日本神経内分泌学会若手研究奨励賞(2005年)
日本内分泌学会若手研究奨励賞(2008年)
日本神経内分泌学会川上賞(2014年)
日本内分泌学会研究奨励賞(2019年)