研究・産学官連携の研究TOPICS 染色体異常を誘発する遺伝子を同定

染色体異常を誘発する遺伝子を同定
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染色体異常を誘発する遺伝子を同定―がんや自閉症などの遺伝性疾患とゲノム進化のメカニズム解明へ―

久留米大学医学部感染医学講座小椋義俊教授らの研究グループは、真核生物に広く存在するSrr1とアルギニンメチル化酵素Skb1が、染色体異常を誘発することを世界で初めて明らかにしました。

本研究成果は、英国科学誌「Communications Biology」に、5月26日(金)18時(日本時間)に公開されました。

概要

本研究は、大阪大学大学院理学研究科 中川拓郎准教授らの研究グループ主導のもと、久留米大学医学部 小椋義俊教授、九州大学大学院医学研究院 林哲也教授、千葉大学真菌医学研究センター 高橋弘喜准教授との共同研究により、真核生物に広く存在するSrr1とアルギニンメチル化酵素Skb1が、染色体異常を誘発することを世界で初めて明らかにしました。

セントロメア領域での染色体異常は、がん細胞などで高頻度に観察されます。しかし、その詳細な分子メカニズムについては解明されていませんでした。

今回、中川准教授らの研究グループは、分裂酵母に突然変異を導入し、染色体異常の発生頻度が減少した変異株を単離し、その株の変異部位を次世代シーケンスで特定することにより、Srr1※4とSkb1※5遺伝子がセントロメア領域での染色体異常を誘発することを明らかにしました。

本研究成果より、染色体異常が原因で起きる遺伝性疾患やゲノム進化のメカニズム解明が進むことが期待されます。

図1 分裂酵母の変異株のスクリーニング 酵母細胞を非選択培地(上段)から選択培地(下段)に移して数日間培養を行った。選択培地では染色体異常を起こした細胞のみが生育。
図1 分裂酵母の変異株のスクリーニング 酵母細胞を非選択培地(上段)から選択培地(下段)に移して数日間培養を行った。選択培地では染色体異常を起こした細胞のみが生育。

研究成果のポイント

◆ 染色体異常を誘発する遺伝子を発見

◆ セントロメア領域※1の反復配列※2を「のりしろ」にして起こる染色体異常の発生メカニズムは不明だった。こうした染色体異常は自閉症やがんなどの遺伝性疾患の原因となることが知られている

◆ 分裂酵母※3を用いた新規変異株のスクリーニングにより、染色体異常の発生を誘発する遺伝子が同定された

◆ 染色体異常を原因とする遺伝性疾患やゲノム進化のメカニズム解明に期待

本研究の背景

染色体のセントロメア領域にはDNA反復配列が存在し、時折、この反復配列を「のりしろ」に染色体異常が起こります。相同組換え因子Rad51※6は相同なDNA間の組換えを促進します。ところが、意外なことに、セントロメア領域での染色体異常はRad51と独立に起こります。では一体どのようにして染色体異常が起きるのでしょうか?その分子機構はあまり良く理解されていません。

本研究の内容

中川准教授らの研究グループは、亜硝酸を用いて分裂酵母に突然変異を導入し、変異株の中から染色体異常の発生頻度が減少する株をスクリーニングしました。こうして得た変異株からゲノムDNAを抽出し、次世代シーケンス技術により塩基配列を解読することで、染色体異常の減少の原因となる遺伝子変異を特定しました。その結果、酵母からヒトに至るまで広く真核生物で保存されたSrr1とアルギニンメチル化酵素Skb1が染色体異常を誘発することを発見しました。興味深いことに、Srr1とSkb1は、染色体異常の中でもセントロメア領域の反復配列を介した染色体異常を特異的に誘発することが分かりました。ただし、単独変異株よりSrr1とSkb1の二重変異株の方が、染色体異常が顕著に減少したことから、Srr1とSkb1はそれぞれ独自の機能を持つと考えられます。実際、Skb1と異なり、Srr1はDNA損傷の修復にも必要であることが分かりました。本研究により、Srr1とSkb1がセントロメア領域での染色体異常を誘発することを発見しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

反復配列を介した染色体異常は自閉症やがんなどの遺伝性疾患の原因となります。本研究成果により、今後、染色体異常が原因で起きる遺伝性疾患やゲノム進化のメカニズム解明が進むと期待されます。


【大阪大学中川准教授のコメント】

染色体の変化は病気など悪いことばかりではなく進化の原動力でもあります。理学研究科の大学院生たちの研究によって、Srr1とSkb1が染色体異常を誘発することが明らかになりました。この研究により、染色体研究における新たな展望が開けました。

特記事項

タイトル:“Fission yeast Srr1 and Skb1 promote isochromosome formation at the centromere”

著者名:Mongia P, Toyofuku N, Pan Z, Xu R, Kinoshita Y, Oki K, Takahashi H, Ogura Y, Hayashi T, and Nakagawa T.

DOI: https://doi.org/10.1038/s42003-023-04925-9

尚、本研究はJSPS科学研究費補助金 基盤研究(23570212, 18K06060, 21H02402)、新学術領域研究(26114711)、ゲノム支援(221S0002)、上原記念生命科学財団(202120462)による支援を受けました。

用語説明

※1  セントロメア領域

セントロメアは動原体が形成する染色体領域。したがって、セントロメアは分裂期での染色体分配にとって重要な役割を果たす。多くの真核生物のセントロメア領域には反復配列が存在する。

※2 反復配列

染色体DNA上に見られる同じ塩基配列の繰り返し。セントロメアなど特殊な染色体領域に見られる反復配列に加え、トランスポゾンのように散在的に見られる反復配列もある。反復配列はヒトゲノムの約50%を占める。

※3 分裂酵母

隔壁ができることで細胞が分裂する単細胞真核生物で菌類に分類される。細胞周期の研究で有名なノーベル賞受賞者ポール・ナースも使用しているモデル生物である。

※4 Srr1

Ber1あるいはSRR1とも呼ばれる遺伝子で酵母からヒトまで広く真核生物に存在する。植物では体内時計、動物細胞ではDNA複製などに影響する可能性が示唆されている。

※5 Skb1

ヒトのアルギニンメチル化酵素PRMT5の相同因子。ヒストンやDNA複製や修復に関与するタンパク質のメチル化に働く。

※6  Rad51

酵母からヒトに至るまで広く真核生物に保存された蛋白質。Rad51は1本鎖DNAに結合し、それと相同な塩基配列を持つ2本鎖DNAとの間でDNA鎖交換を行う。傷を持たない2本鎖DNAを鋳型に使うことで、DNA損傷を正確に修復することができる。

研究TOPICS

TOPICS:染色体異常を誘発する遺伝子を同定