学生生活・就職のTOPICS 附設生が挑んだ「模擬国連」全国大会
久留米大学附設高等学校は、この度、第19回高校模擬国連大会(全日本大会)に2組のチームが出場を果たしました。附設高校はこれまでも長年にわたり何度も模擬国連の本大会出場を果たしていますが、今回は1校あたりの最大選出枠2組が、予選を突破して全国の舞台へ進出しました。
本大会では惜しくも入賞は逃しましたが、今回参加した生徒たちに貴重な経験について話を聞きました。
■今回全日本大会に出場した生徒(高校2年生)
寳地 優羽(ほうち ゆう)さん
吉田 深織(よしだ みおり)さん
有働 光希(うどう みつき)さん
馬場 智加(ばば ともか)さん
模擬国連大会とは:外交官として世界に挑む
模擬国連(Model United Nations / MUN)とは、参加者が各国の大使(外交官)になりきり、実際の国連の会議や国際会議を模擬する活動であり、1923年にハーバード大学で始まった「模擬国際連盟」に端を発します。
この活動では、人権、軍縮、経済、環境、紛争など多岐にわたる国際問題が議題として設定されます。参加者は、担当国の政策、歴史、外交関係などを事前に徹底的に調べ、自国の政策を作り上げます。会議では、国益を背負った各国大使という立場から議論や交渉、スピーチを行い、最終的に全世界に発表するための会議の成果文書である「決議案」(DR/Draft Resolution)を作成し、採択を目指します。模擬国連では通常全員が着席して行う公式討議と公式スピーチは英語で、自由に立ち回ることのできる非公式討議は日本語で行われます。
このような活動を通じて、国際政治の仕組みを理解し、国際問題を多角的視点から考えることで、国際問題の複雑さを理解するほか、パブリックスピーキングの能力、交渉力、論理思考力などの向上も期待できるため、教育プログラムとしても高い評価を受けています。
その中でも全日本高校模擬国連大会は、毎年11月に国際連合大学(東京都渋谷区)で開催される、日本最高峰の高校模擬国連会議です。9月に行われる予選会を通過した全国各地の高校生が集結し、約80チーム160人の大使が熱い議論を交わします。
今回、吉田さん、寳地さんは「カタール大使」、有働さん、馬場さんは「イスラエル大使」として出場しました。
大会は2日間に渡って開催され、参加チームは2つの議場に割り振られます。大会では「議題」として毎年異なった国際問題を設定しています。会議当日には、議題である国際問題における認識や方針などを国際社会の総意として示した「決議案」を提出し、採択することを目指します。そのために各国大使は、それぞれの国益を背負い、様々な国と交渉し合意形成を図ります。 参加者は事前に担当国についてのリサーチを行って政策や会議戦略の立案を行い、会議に臨みます。その一環として、配布された「議題概説書」を基に、担当国の政策を記した「ポジション・アンド・ポリシーペーパー」を作成します。
まずは参加した感想を聞かせてください
馬場「関東勢は強かったです。最初は英語力で圧倒されて、コミュニケーションも練習の成果だと思うんですが、とても密集した議場で様々な情報が錯綜していて、使えるのは自分の身体とメモくらいのなかで、どう立ち回るかっていうところの経験値の差がはっきりありました。場慣れしているのでその人たちが仕切って、他はそれに追随していくという形になってしまって」
有働「そうそう。会議場ではフェイクの情報も飛び交っていて、相手の話に乗るふりをして実は合意しないというような複雑な交渉が行われたり、それに振り回された感もあります」
吉田「大体国益が似ている国同士で集まるので、グループ内で全然違うなんてことはあまりないと思うんですけど、少しずつずれていってしまったりね」
馬場「会議はいろんなグループが同時進行で話を進めていくので情報を取りこぼしたりすると大変」
寳地「チームは自国の国益を守りながら他国との交渉を通じて会議を円滑に進める「外交」と、担当国の政策を立案・決定する際、グループの中で成果文書を作るべく議題について他国とより深く話し合って具体的な文言を作っていく「内政」の役割に分かれていて、私はカタールチームの外交で、内政は吉田さん。イスラエルチームは外交が有働さんで、馬場さんが内政の役割でした」
吉田「私たちは昨年も出場していて、今回は最後の模擬国連だったので力を出し切りたいと思ってたんですけど、実際は結構飲まれてしまった部分もありました。それでも今までで一番質の高い議論だったのでそれに最後までついてくことができたのが今回の収穫です」
それぞれ、自分たちの合理的な提案が採用されなかったり、他国の大使たちの目指しているであろう会議行動を予測するのが難しかったり、発言の機会を窺っているうちに場が流れてしまったり、グルーピングがうまくいかず主張のために時間を浪費したりと、思い通りにはいかない状況をたくさん経験したことが語られました。
今後に向けて
入賞は果たせなかったものの、生徒たちはこの経験を通じて、座学では決して得られない重要な洞察を得ました。
模擬国連で活躍するためには何が一番大切だと思いましたか?
馬場「内政と外交のチームワークや信頼関係はもちろんですが、他の大使から信用されることが自身の要求を通すために重要だと痛感しました。会議全体の「信頼を集める」ためには最初のモデ(着席討議)で的確な発言をしたいとどの国の大使も思っています」
有働「そうだよね。あとは会議の場だけでなく、日頃からの継続的な人間関係(前回の会議参加者との交流やSNSなど)も結構影響するので、これが関東勢の強さの一つにもなっていると思います」
吉田「声が大きいとか背が高いとか性格の強さとか、結構そういうパワーで場を持っていく人はいるんですけど、やっぱりそこにうまく対応しているのが関東勢でした」
寳地「議場がカオスになったときにいち早くまとめてたよね。私たちは年に数回しか模擬国連を開催できないけど、関東の学校では100人以上が所属する模擬国連部がある学校もあるそうです。やはりシミュレーションもすごくしてるのがわかりました」
模擬国連の経験で得たものを教えてください
吉田「他国の大使となることで、その国から見える世界を学ぶことができます。今回は現状民主主義とはいえないカタールの担当だったので、カタールが部族間の対立を抑えるために現在の統治体制を維持している事実を知り、「ヨーロッパ的な考え方を押し付けることが、全ての国にとっていいわけじゃない」という多角的な視点を身につけました」
寳地「南アフリカ、日本、アメリカ、スペイン、ノルウェーなども以前に経験しました。日本やアメリカといった身近な国よりも、自分の中にイメージがあまりない国の方がすべてを新鮮に吸収できるのでいいよね」
有働「イスラエルも民族間の対立を抱えているけど、その背景などを今回知る機会になりました。大使として調べていくうちにその国が好きになって、行ってみたくなります」馬場「あとは議題についても、リサーチする段階でその議題に関する国際情報に詳しくなるし、それに関する関連文書を読んだり、どういう国連機関が関わってるとか、そういうことをすごく調べました。今回はデジタルプラットフォームの規制や SNS 関連であったり、予選は宇宙開発についてだったので、英語の長文のトピックスとして話が出てきても、難しい単語や表現がわかるようになったので結構長文が得意になりました」
吉田「私はマクロな視点が身についたように思います。身近なものひとつ取っても、その背景があり、世界がどのように作られているのかを考えるようになりました」
有働「歴史の授業でも、この政策もそれぞれの利害を考慮しながら合意形成していったんだろうとか考えたり」
馬場「あとは自分たちが模擬国連で討議した議題が、実際の国連ではどういう決議案が出たのかもすごく興味があります」
寳地「どうやって日本はこれを通したんだろうとか、どこに裏取引をしたんだろうとか、そういうことが気になるし、ひとつの決議を通したプロセスについてリアルに感じられるようになりました」
今回の全国大会への出場、そして熱い議論への挑戦は、生徒たちにとって座学では得られない貴重な経験となったことが窺えます。「自分ではない誰か、自分ではない考えを持った他の大使と一緒にやらないと、自分で想像できる範囲を超えた経験は得られない」とも語ってくれました。
自国の利益を背負って世界に挑む外交の難しさ、複雑な国際情勢を多角的な視点から理解することの重要性、そして議論をリードするための信頼の重要性。これらは、単なる知識ではなく、実践を通して得られた生きた洞察です。
岩﨑聡子先生(担当教員)総評
不思議なご縁で附設に赴任した時から模擬国連活動に携わりまして、もう8年ほどになります。模擬国連の存在は、前任校で知りました。その時は正直な感想として「高校生でこんな高度なことをできる人がいたらスーパーマンだな」と思ったものです。この記事を読んでくださった方も、なんだか高尚なことをやっているぞ、きっと附設だからできるんだろう、などと思ってしまったかもしれません。
しかし本来この競技は、やろうと思う人ならだれでもできる、誰に対してもオープンな競技です。そしてこの競技を楽しむことができれば、生徒たちが先に述べているような、国際的な視野と広範な知識、交渉力、論理的思考力が自然と育ちます。読み書きやスピーチなどの英語運用能力はそのおまけのようなものですが、これもまた実際の公式資料で本物の英語にたくさん触れるので単に教科書を読んだり問題集を解いたりして身につける以上の語彙力や表現力がおのずと身に着きます。私自身は、10代という自分の将来を本格的に考え始めるタイミングで、九州以外の多様な地域から参加する志高い生徒たちと出会い、刺激をもらって、彼らの世界が広がることも大きな魅力だと感じています。
実は、私と吉田さんと寳地さんとは彼らが中学入学当初からの付き合いです。彼女たちの最初の定期考査からどれくらいの語彙力・文法理解や英語で喋る力があったかを見てきました。彼女たちは帰国子女で英語がペラペラというわけではなく、失礼を承知で言えば、英語が大好き!というわけでもなかったと思います。そんな彼女たちが高校に進学して模擬国連という活動に出会ってから、英語で専門的な文を読んだり書いたり、あるいは大使として魅力的なスピーチをするべく努力した結果、今では私でも書けないようなすばらしいスピーチ原稿を作って、すばらしい表現力でそれを聴衆に届けるようになりました。
もう一つのペアである有働さんと馬場さんは高校から附設にやって来て、ようやく学校に慣れたころ、ちょうど昨年の11月から模擬国連活動を始めました。スタートが遅かったにも関わらずとても前向きにこの活動を楽しんでくれて、初めて参加した大阪での練習会(24年12月)では新人賞を獲得しています。灘や西大和・小林聖心・東大寺学園など、西日本の強豪校が集まる練習会です。強力なライバルがたくさんいる中での受賞は大きな喜びでした。楽しむことが成功の一番の秘訣である、ということを体現してくれるペアでした。今年の全日本大会・予選で附設ESS部史上初の2チーム本選突破が叶ったのも、有働さん・馬場さんペアの積極的な姿勢が与えてくれた勢いのおかげだと思っています。
今年11月、部活として最後の全国大会で両ペアが行った公式スピーチは、内容・表現力ともにこれまでで最も国連大使らしく、説得力のあるスピーチでした。会議行動でも大いにプレゼンスを発揮できていて、表彰台は遠くなかったと思っています。それでも関東の高校生との実戦経験の差は明確なものでした。今後は新たに模擬国連活動に参加してくれる生徒のために、その差を埋めることが指導者としての課題です。
繰り返しになりますがこの競技は、やろうと思う人ならだれでもできる、誰に対してもオープンな競技です。本番までに、あらかじめ担当国が割り振られ、その国の大使を務めるべくPosition and Policy Paperの作成という課題を通じて入念な準備ができるようきちんとフォローがあります。本番中に英語でスピーチをしたり、提案したりもしますが、どのような表現を使えばいいのかある程度の型や目安がありますし、それは求められる能力の一部でしかありません。自分たちの未来あるいは国際社会の現状に興味がある人、議論が好きな人、日本以外の国に興味がある人ならだれでもこの競技を楽しむことができます。参加した生徒がどんな風に変化できるのかについては、すでに本記事の中で4名が語ってくれた通りです。
ここ数年、全日本大会の予選に参加する学校の数は増えており、全国的にこの模擬国連活動に参加しようという学校が増えています。西日本にもこの傾向があり、これまでは附設が練習をしようとすると大阪や神戸にいかねばなりませんでしたが、今年の3月からは岡山での練習会が始まり、そして来年の8月には広島で新たな練習会が発足する予定です。本校のESS部にとっても実践の機会が増えることは表彰台が近づく大きな追い風となるでしょう。この追い風に乗って、インタビューの途中で有働さんが話してくれたように、附設から全日本大会で表彰されてニューヨーカーになる大使を輩出することを目指して、部員とともに頑張っていきたいと思います。
この記事を読んで興味を持ってくださった生徒や受験生がいたら、ぜひESS部に足を運んでもらえると嬉しいです。きっと新しい世界が拓けると思います。
附設高校の模擬国連への挑戦は、これからも生徒たちの国際的な視野と、世界への貢献意欲を育む大切な機会であり続けます。彼らが今回の経験を糧に、将来、国際舞台で活躍することを心から期待しています。