ご報告の研究成果 腸は果糖を「味わう」ことで生殖に影響を与える〜交尾と栄養の協調メカニズムを発見〜

腸は果糖を「味わう」ことで生殖に影響を与える〜交尾と栄養の協調メカニズムを発見〜

概要

本学の分子生命科学研究所 佐野浩子講師は、筑波大学生存ダイナミクス研究センター 丹羽隆介教授および群馬大学生体調節研究所 西村隆史教授らの研究グループとの共同研究により、腸は果糖を「味わう」ことで生殖に影響を与えるとする「交尾と栄養の協調メカニズム」を発見しました。

卵子は次世代に生命を継承する役割を担っており、その形成過程は、個体を取り巻くさまざまな外的要因に影響されます。しかし、外環境の情報が個体の中で処理され、卵形成に影響するメカニズムはよく分かっていません。

ショウジョウバエでは、交尾によってメスの腸内分泌細胞からニューロペプチドF(NPF)というホルモンが分泌され、これが卵巣に受容されると生殖幹細胞の増殖が促されます。本研究では、この交尾依存的なNPF分泌と生殖幹細胞の増殖には、餌に由来する糖の中でもフルクトース(果糖)が選択的に影響を与えることを解明しました。グルコース(ブドウ糖)のみを含有する餌で飼育した場合でも、「ポリオール経路」と呼ばれる代謝経路でグルコースがフルクトースに変換され、これが、腸内分泌細胞に存在する味覚受容体で感知されてNPFの分泌を促しており、グルコース摂取量が不十分だと、生殖幹細胞の増殖および造卵は活性化されませんでした。

以上の結果は、体内で作られた糖を腸が「味わう」ことで栄養状態を感知すること、これが交尾による生殖の活性化に必須であることを、あらゆる動物を通じて初めて示すものです。ポリオール経路は、動物種にかかわらず進化的に保存された代謝経路であり、フルクトースを感知する味覚受容体は、ヒトを含む哺乳動物の腸内分泌細胞にも存在しています。ヒトでは腸内分泌細胞から分泌されるホルモンが生活習慣病の発症に関与することから、今回発見したメカニズムは、ヒトの生殖や代謝の調節、さらに生活習慣病発症の理解にもつながると期待されます。

研究代表者

筑波大学 生存ダイナミクス研究センター 丹羽 隆介 教授
群馬大学 生体調節研究所 西村 隆史 教授
久留米大学 分子生命科学研究所 佐野 浩子 講師

分子生命科学研究所 佐野講師
分子生命科学研究所 佐野講師

研究の背景

卵子は次世代に生命を継承する役割を担っており、その形成過程が適切に制御されることはヒトを含むあらゆる種の繁栄に重要です。多くの動物において、卵形成は、栄養状態、光の明暗周条件、温度条件などの個体を取り巻く環境の状態に大きく左右されます。しかし、これらの環境要因がどのように統合されて卵形成に影響を与えるのかについては、不明な点が多く残されています。

こうした環境応答の仕組みを含め、動物の卵形成の優れたモデル研究系として古くから用いられている動物が、キイロショウジョウバエDrosophila melanogaster(以下、ショウジョウバエ)です。オスと交尾をしたショウジョウバエのメスは、十分に栄養のある条件下においては1日に約40〜60個の卵を産みます。この卵の総重量はメスの体重の30〜50%にも匹敵し、卵生産には莫大なコストがかかっています。一方で、メスが十分な栄養を得られない状況では、生存のためにエネルギーを使うことを優先し、生殖能力を低下させます。すなわち、ショウジョウバエは、栄養がある時にこそ積極的に卵形成を促進するメカニズムを有します。また、ショウジョウバエの卵形成は、オスと交尾をした際にも大きく促進されます。交尾によって精子と卵子との受精が保証された条件でこそ卵形成を促進することは、産生した卵を効率よく用いて次世代を残すための、適応的な反応であると考えられます。

昆虫を含む多くの動物において、卵形成は、生殖細胞を生み出す大本となる生殖幹細胞 注1)を起点として開始されます。本研究グループではこれまでに、メス生殖幹細胞の増殖には、交尾の刺激を受けて腸に存在する腸内分泌細胞 注2)から分泌されるニューロペプチドF(NPF) 注3)が必須であることを明らかにしています。NPFは、腸から分泌されたのちに卵巣で受け取られ、このシグナルが卵巣中に存在する生殖幹細胞の増殖を促します。しかしながら、生殖幹細胞の増殖に、なぜ腸を由来とするホルモンが必要であるのか、その意義については分かっていませんでした。

腸管は栄養吸収の場であるため、NPFを産生する腸内分泌細胞(NPF+EEC)は、交尾の情報だけでなく、何らかの栄養の存在を感知することで生殖幹細胞の増殖に影響を与えうるのではないか、と予想されます。その場合、腸を介する意義は、交尾と栄養という異なった環境入力を統合させて、この2つの入力が組み合わさった時にこそ生殖幹細胞の増殖を強く促すことにあると考えられます。以上の予想に基づき、今回、これら2つの外環境要因が、どのようにして協調的にEECからのNPFの分泌や生殖幹細胞の数に影響を及ぼすかを追究しました。

研究内容と成果

先行研究からは、タンパク質、脂質、そして糖を十分に含む餌で飼育したショウジョウバエのメスにおいては、オスとの交尾後に生殖幹細胞の増殖が促されることが知られています。本研究ではまず、餌のレシピをさまざまに改変することによって栄養条件の異なる餌を作り、それぞれの餌条件で飼育したメスのショウジョウバエの、交尾後の生殖幹細胞の増殖について調べました。その結果、糖を大幅に減らした餌(糖質制限餌)で飼育した場合、タンパク質などの他の栄養成分が存在していてもなお、交尾後に生じるメス生殖幹細胞の増殖が著しく阻害されることを発見しました。逆に、典型的な糖であるグルコースだけを主要な栄養素として含む餌で飼育すると、交尾後の生殖幹細胞の増殖が認められました。このことは、交尾によって促されるメスの生殖幹細胞の増殖が生じるためには、そのメスが十分な糖を摂取していることが必要条件であることを意味します。

次に、交尾後のメスのショウジョウバエについて、NPF+EECからのNPFの分泌と糖の関係を調べました。タンパク質、脂質、そして糖を十分に含む餌で飼育すると、オスとの交尾によって腸からのNPFの分泌が促進されますが、糖質制限餌で飼育した場合は、このような促進は観察されませんでした。一方で、グルコースのみを主要栄養素として含む餌を用いると、腸内でのNPFの分泌が観察されました。NPF分泌は交尾後のメスの生殖幹細胞の増殖を促進することを考えると、糖の有無が腸内でのNPF分泌、さらには生殖幹細胞の増殖に影響を及ぼすことが説明できます。

以上の観察事実を踏まえると、NPF+EECは、糖の存在の情報を何らかの形で受け取っていることが予想されます。細胞が糖を感知するメカニズムは複数存在しますが、本研究では、NPFを産生する腸内分泌細胞に、味を感じるのに必要な味覚受容体 注4)のいくつかが存在することに注目しました。一連の解析の結果、フルクトース(果糖)を特異的に感知する味覚受容体Gr43aがNPF+EECで限定的に発現すること、また、遺伝子操作によってGr43aの機能を低下させると、交尾後の生殖幹細胞増殖が阻害されることを見いだしました。

ここで不思議な点が生じます。フルクトース受容体Gr43aはグルコースにはほとんど反応しないことが知られているにも関わらず、先述のように、生殖幹細胞の増殖や腸内でのNPFの分泌はグルコースの存在のみで促されたことです。この矛盾に対する説明として、餌のグルコースは、ショウジョウバエの体内でフルクトースに変換されることで、腸のGr43aに受け取られるのではないか、という可能性が考えられます。生物には一般に、グルコースからフルクトースを生成するための代謝経路「ポリオール経路」が存在します。そこで、ポリオール経路を構成する酵素の機能を阻害したところ、餌の中にグルコースが十分量存在していたとしても、腸内でのNPFの分泌および生殖幹細胞の増殖が阻害されました。さらに、血液中のフルクトースの量は、交尾前に比べて交尾後に顕著に上昇し、このフルクトースの上昇にポリオール経路が必要であることも発見しました。すなわち、フルクトースは、餌から糖(グルコース)が摂取されたことを腸内分泌細胞に伝える「栄養のシグナル」としての役割があることが分かりました(参考図)。

餌(食事)に由来する糖が腸内分泌細胞に直接作用して、ホルモンの分泌に影響を与えることはヒトを含めてよく知られています。しかし今回の研究は、摂取した糖が代謝経路を経て一度別の糖へと変換されることが、腸ホルモンの分泌に重要である事例を、あらゆる動物を通じて初めて明らかにしました。また、腸に存在する味覚受容体が腸からのホルモンの分泌に影響を与えることは、哺乳動物においては報告がありましたが、無脊椎動物においても同様のメカニズムがあることが解明されました。

今後の展開

本研究により、餌に由来するグルコースは、腸の細胞に吸収されて直接的に作用するわけではなく、フルクトースに変換されることで腸に作用する事例が示されました。今後は、ポリオール経路およびフルクトース受容体に依存した腸内でのNPFの分泌メカニズムが生殖以外に及ぼす影響を解明していきます。さらには、餌から摂取する糖を直接利用するのではなく、わざわざフルクトースに変える意義も現時点では不明であり、今後、解明されなければならない課題です。

本研究で注目したポリオール経路は、動物種を問わず進化的に保存された代謝経路です。また、フルクトースを感知する味覚受容体は、ヒトを含む哺乳動物の腸内分泌細胞にも存在することが報告されています。食餌中の糖に反応した腸ホルモンを介したエネルギー代謝の制御は、ヒトの生活習慣病の発症に深く関連しており、将来的に、今回発見したものと同様のメカニズムは、栄養摂取や腸ホルモンと生殖能力との関連性だけでなく、腸ホルモンと糖尿病発症との関連性を、ライフコースを通じて解析する有益なモデルとなり得ます。

さらに、NPFの存在は他の昆虫にも広く見られることから、ポリオール経路やフルクトース受容の撹乱を用いた、農業害虫や衛生害虫の生殖を阻害する新たな技術開発につながる可能性があります。

参考図

図 本研究で明らかになったメカニズムの概略図
図 本研究で明らかになったメカニズムの概略図

ショウジョウバエのメスはオスと交尾をすると、餌から摂取したグルコースが、体内のポリオール経路によってフルクトースへと変換される。その結果、体内のフルクトース量が増加する。この増加したフルクトースはNPFを産生する腸内分泌細胞(NPF+EEC)に存在するフルクトースの「味」を感知する受容体Gr43aに受容される。これが刺激となってNPF+EECからNPFが分泌され、卵巣に受け取られる。NPFを受容した卵巣では、卵巣内に存在する生殖幹細胞の増殖が活性化し、結果として造卵も活発になる。逆に、餌から摂取できるグルコースが不十分であると、このメカニズムがうまく働かないため、生殖幹細胞の増殖および造卵が活性化されない。

用語解説

注1)生殖幹細胞
配偶子、すなわち卵や精子のもととなる幹細胞。幹細胞自身と同じ細胞を生み出す自己複製の能力と、配偶子に分化する能力を併せ持つ。個体の中で生殖幹細胞が適切に維持されることが、個体が配偶子を生み出すために必須である。

注2)腸内分泌細胞
腸管上皮に散在するホルモンを産生・分泌する細胞。昆虫においてもヒトを含む哺乳動物においても、多様なホルモンを産生・分泌するさまざまな腸内分泌細胞が存在する。生命科学の歴史においてはじめて「ホルモン」と名付けられたのは、セクレチンという腸内分泌細胞で産生・分泌されるホルモンである。

注3)ニューロペプチドF(Neuropeptide F; NPF)
無脊椎動物の神経伝達物質として同定されたペプチドホルモン。キイロショウジョウバエにおいては脳や腸で産生され、摂食行動や交尾行動、攻撃的行動などに関わる。脊椎動物のNeuropeptide Yの類縁分子。

注4)味覚受容体
接触した化学物質を検出するための受容体。1999年に、味細胞に発現する受容体として初めて哺乳類から発見され、その後さまざまな動物種で味覚受容体が同定されている。現在までに、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5基本味に対する主要な受容体が報告されている。また、味細胞だけでなく、腸内分泌細胞などの味細胞以外の細胞種にも味覚受容体が存在することが確認されている。

論文情報

【題 名】 Circulating fructose regulates a germline stem cell increase via gustatory receptor-mediated gut hormone secretion in mated Drosophila (ショウジョウバエにおいて循環フルクトースは、味覚受容体を介した消化管ホルモン分泌を促すことで、交尾後の生殖幹細胞の増加を制御する)
【著者名】
Ryo Hoshino(星野 涼 筑波大学大学院理工情報生命学術院生命地球科学研究群・日本学術振興会特別研究員DC1)、Hiroko Sano(佐野 浩子 久留米大学分子生命科学研究所 講師)、Yuto Yoshinari(吉成 祐人 群馬大学生体調節研究所 助教)、Takashi Nishimura(西村 隆史 群馬大学生体調節研究所 教授)、Ryusuke Niwa(丹羽 隆介 筑波大学生存ダイナミクス研究センター 教授)
【掲載誌】
Science Advances
【掲載日】
2023年2月24日
【DOI】
10.1126/sciadv.add5551

本研究は、文部科学省科学研究費助成事業 新学術領域研究「配偶子インテグリティの構築」公募研究(研究期間:平成31年度〜令和4年度)、学術変革領域研究(A)「多細胞生命自律性」公募研究(研究期間:令和4年度〜令和5年度)、日本学術振興会科学研究費助成事業 基盤研究(A)(研究期間:令和4年度〜7年度)、基盤研究(C)(研究期間:令和2年度〜4年度)、特別研究員奨励費(研究期間:令和3年度〜5年度)、群馬大学生体調節研究所 内分泌・代謝学共同研究拠点共同研究(研究期間:令和3年度〜4年度)、および国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「全ライフコースを対象とした個体の機能低下機構の解明」研究開発領域における研究開発課題「成長期の栄養履歴が後期ライフステージに与える機能低下のメカニズム」(研究期間:平成29年度〜令和4年度、研究開発代表者:上村匡、研究開発分担者:丹羽隆介)の支援により実施されました。

研究・産学官連携研究成果

研究成果:腸は果糖を「味わう」ことで生殖に影響を与える〜交尾と栄養の協調メカニズムを発見〜