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大学の原点、それは“建学の精神”にあります。
その言葉には、創設時の熱い想いが溢れ、現在の教育・研究の指針にもなります。
久留米大学の前身、九州医学専門学校は、当時不足していた医療分野での実践的人物の育英という地域ニーズに応えて1928年に設立されました。伊東祐彦校長は、第1回の講義で次のことを述べています。
「諸君が将来医者になって、余暇に山登りをしたとする。途中の一軒家に病いに苦しむ老婆の姿がある。君ならどうする。その時、そしらぬ顔してゆくか、専門が違うとか、診断の器具がないからと、逃げるか。それでは医者ではない。聴診器がなくとも、薬がなくとも、手があり、目があり、口があるじゃないか、そばに行って少しでもその苦痛を和らげるのが本当の医者だ。」(久留米大学50年史より)
この話は医師を目指す学生の胸に深く刻まれ、本学の建学の精神の土台となりました。
1930年に制定された北原白秋作詞の校歌には「国手(こくしゅ)の矜持(ほこり)は常に仁(じん)なり」と謳われています。
「国手」は本来、名医の意味で使われますが、「国中ですぐれた名人」(『大漢和辞典』)の意味があり、全学的に通じる言葉です。「矜持」は自信と誇りを持ち、自身を抑制しながら堂々と振る舞うことで、「仁」は「礼にもとづく自己抑制と他者への思いやり」(『広辞苑』第五版)を意味しています。
本学では、この一節を建学の精神として定め、それぞれの分野における優れた実践的人材(国手)の育成に努めています。
九州医学専門学校の設立当初から、総合大学として発展してきた今日に至るまで、「国手の矜持(ほこり)は常に仁なり」の精神は一貫して受け継がれ、現在の基本理念に継承されています。