学部・大学院のTOPICS 文学部設立30周年記念事業
1992年、高良山の麓に筑後地域で唯一の文学部として久留米大学文学部が産声をあげました。初代文学部長は中国古典が専門の岡村茂先生でした。岡村先生を中心に人の心と社会の仕組みを学ぶ人間科学科と、日本・東洋・欧米の文化を学ぶ国際文化学科の2学科でスタートしました。その後、2000年に社会福祉学科が増設され、3学科体制となり、2002年に人間科学科が心理学科と情報社会学科に分かれて現在の4学科体制が確立しました。そして2022年度に文学部設立30周年を迎えました。それを記念して、文学部では多様な事業を展開しました。
この事業は、文学部の多様性を生かしたさまざまな取り組みを展開することを通して、これから先の10年間を見通した文学部の新たな教育研究の基盤づくりを目指したものです。また取り組みを通して、文学部としての活動性を高めるとともに、教育研究に関する文学部の魅力を学内外に発信することを目的に企画しました。今回の記念事業で得られた成果を基盤として、今後とも文学部における教育研究の質向上に向けた努力を続けてまいります。
文学部長 安永 悟
記念事業での取り組み
企画展「久留米俘虜収容所の風景 -あるドイツ将校の写真帳でたどる-」
担当教員:国際文化学科 教授 大庭 卓也
大正3年(1914年)、日本はドイツに宣戦布告し、中国におけるドイツの拠点であった青島を陥落させ、ドイツ兵俘虜(ふりょ)9,679人を日本国内の16ヶ所の収容所に移送しました。久留米の収容所には最も多い1,319人が収容され、彼らは以後5年3ヶ月の間、久留米で過ごし、音楽、スポーツ、諸技術(ゴム産業やハム製造)など近代西洋の文化を久留米の人々に伝えました。
御井図書館には、このような久留米の人々とドイツ俘虜の文化的交流を示す資料(写真資料約500点、俘虜による音楽会パンフレット約200点)を収集しており、特に写真資料は、久留米の人々と俘虜の交流をもっとも分かりやすいかたちで示すものです。
これらと久留米市教育委員会所蔵の写真資料を紹介する企画展「久留米俘虜収容所の風景 ‐あるドイツ将校の写真帳でたどる‐」を開催しました。
本展は、10月9日~12月20日にかけて久留米市との共催で行い、本学御井図書館1階展示室(第1会場)に加え、六ツ門図書館展示コーナー(第2会場)で久留米市所蔵の資料を展示しました。
「熊本・久留米俘虜収容所[1914‐1920]の風景 あるドイツ将校の写真帖でたどる」発刊
この企画展の総まとめとして書籍「熊本・久留米俘虜収容所[1914‐1920]の風景 あるドイツ将校の写真帖でたどる」(花書院 B5判・140頁)を発刊しました。ドイツ人俘虜たちの当時の生活など、企画展で初公開した写真資料など219点が掲載されています。
久留米大学文学部教授 大庭 卓也 ・ 久留米市文化財保護課主査 小澤 太郎 編
〔内容目次〕はじめに/エドゥアルト・ヴィル旧蔵資料について 大庭卓也
- 第一章 熊本俘虜収容所写真帖(青島陥落、熊本へ/将校と従卒たちの宿舎/食事/散策・遠足・運動/収容所員/熊本の人と風景/久留米への移動)
- 第二章 久留米俘虜収容所写真帖(国分村の収容所/将校と下士卒の兵舎/食事/洗濯・風呂・洗面/愛玩動物/運動/運動施設の拡充/遠足と水泳/美術と工芸/クリスマス/イースター休暇/音楽/演劇/収容所員と衛兵/久留米の人と風景)
- 久留米俘虜収容所の食生活 小澤太郎/〈資料〉久留米俘虜収容所規則類(大正6年改正分)
発行所:花書院 書籍掲載ページ:https://www.hanashoin.com/kumamoto_kurume_furyo/
書籍について詳しくはこちら (PDF)筑後の伝統工芸「和紙と藍に魅せられて-筑後の伝統工芸-」発刊
担当教員:国際文化学科 教授 狩野 啓子(現名誉教授)、教授 神本 秀爾
文学部が新設された際に、筑後地域唯一の総合大学となる久留米大学が文学部を創設する意義が強く訴えられました。大きな存在意義は「筑後地域の知の拠点となる」ことでした。それ以来、各学科でその理念は力強く継承され実践されてきました。地域への貢献は、久留米大学創設以来の中心的な理念でもあります。
そのような問題意識のもと、国際文化学科の教員である狩野啓子教授らが創立以来取り組んできた文化財保存研究部会などでの足跡をまとめた文化書籍「和紙と藍に魅せられて-筑後の伝統工芸-」(花書院 2023 ISBN:9784865612998)を文学部30周年の記念出版として発刊しました。
文化財保存研究部会のさまざまなプロジェクトを“筑後の伝統工芸”との連携という視点から振り返り、関わった方々の生の声をエッセイとして集めたものです。
第1章 ストーリーの始まり
- 筑後の伝統工芸の歴史 吉田 洋一
- 衝撃! 紙魚(シミ)との遭遇 狩野 啓子
- 一緒に見学に行きましょう 有馬 彰博
- 手漉き和紙を教えましょう 中原 稔弘
- クララハイジの会事始め 近藤 早苗
- クララの害虫忌避効果を探る 上宮 健吉
- フィリップ・ジョン先生とSPINDIGO 矢野 英子
- 天然藍と共に生きる 松枝 小夜子
第2章 ストーリーはひろがる
- 共同研究はIPM でご一緒に 本田 光子
- 藍菌と浦島太郎 桑野 剛一
- 和本の大家中野三敏先生に学ぶ 宮原 信孝
- 海外への発信 狩野 啓子
- 蒐める人々-キューガーデンの出会い 矢野 英子
- 絣の源流をバリ島に訪ねて 松枝 小夜子
- ローマで和紙を漉く 溝田 俊和
- ポスターとWEBサイトを作成して 原口 雅浩
第3章 ストーリーは未来へ
- はじめてのくるめかすり 田中 優子
- 未来に向けての藍染め 松枝 崇弘
- 藍菌が秘める可能性 大沼 雅明
- 筑後の伝統工芸を伝える 大庭 卓也
- 伝統工芸品を応援しませんか 伊佐 淳
- 世界の文化財修復に活用しよう 狩野 啓子
- 楽曲に筑後を織り込む 神本 秀爾
チクゴズ(ckgz)のライブ映像配信
担当教員:国際文化学科 教授 神本 秀爾
大学の地域連携(社会貢献)として教育、研究に加えて社会貢献が期待されるようになって約20年が経ちます。国際文化学科では、2016年度より、「文学部国際文化学科」で地域に関わるあらたなイメージ像をつくることを目的に、神本ゼミの学生有志らによる「チクゴズ(ckgz)」を結成し、地域住民やミュージシャン、プロデューサーなどと、地域に関わるさまざまな楽曲・動画を作成してきました。
そのプロジェクトで制作した9曲の楽曲の中から、以下の6曲をリアルタイム・録画で配信する取り組みを記念事業の一環で行いました。
楽曲:筑後地域をテーマにした「チクゴノワ」(2016)、九州北部豪雨後の朝倉をテーマにした「いっちゃん好きばい」(2017)、大善寺の鬼夜をテーマにした「火祭り一鬼夜」(2017)、久留米絣の代表的作家井上伝をテーマにした「アイのカタチ」(2018)、八女和紙をテーマにした「ココロ漉ク」(2019)、宗像周辺のシリアルノミネーションの世界遺産をテーマにした「みあれうた」(2022)
7月7日に長崎市内のライブハウスで、チクゴズの楽曲を含むライブ映像の撮影を行いました。
このライブはもともとチクゴズをはじめる際の相談相手であり多くの協力をしてくれたレゲエ・シンガーのSing J Royさんを中心に行う予定で準備が進んでいましたが、3月末にSing J Royさんの急逝(享年47歳)の知らせが届きました。追悼の意味でも開催を願う声があり、可能な実現方法を模索していくなかで今回のライブ映像の配信が決まりました。
ライブ映像の撮影第2弾を10月6日に久留米シティプラザで行いました。動画の撮影・編集は国際文化学科神本ゼミの卒業生1名と4年生4名が計6台のカメラを駆使して行いました。
さらに、チクゴズの地方創生プロジェクトとしての2016年度から6年間の記録をまとめた書籍「地方創生時代の『民謡』づくり-久留米大学チクゴズの記録」(花乱社 2023 ISBN:978-4-910038-64-3)を発刊しました。
第1部 プロジェクトの概要・背景
第2部 制作した「民謡」全9曲の紹介(QRコード付き)
第3部 関わってくれた方々のインタビュー・対談
まちとやまを結ぶ ~筑後地域のやまの暮らし~(課外学科プロジェクト)
担当教員:情報社会学科 教授 川路 崇博
筑後地域の筑後川流域という“まち”に加え、“やま”(山間部)の暮らしを知り、やまとまちの相互関係性を知ることを目的にした「まちとやまを結ぶ」取り組みです。
八女ほたる農園の森山 正氏に「やまの時間を知る」をテーマに「やま」で暮らすことの魅力と課題についてご講演いただき、地域の方にも多く足を運んでいただきました。講演の他にも、携帯用茶器を開発したり、世界に誇る八女の紅茶を味わったりと、便利で手軽なペットボトル飲料で失ってしまった本来のお茶の楽しみを広める活動を継続して企画・運営しました。
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キャンパスハラスメントの予防・改善に関する取り組み~安心・安全なキャンパスを実現するために~
担当教員:心理学科 准教授 浅野 良輔
社会情勢を踏まえ、いま、あらゆる大学が直面している本質的かつ根本的な問題に真正面から向き合った取り組みです。
文学部4学科の教職員の有志が集い、キャンパスハラスメントをめぐる本学の現状や他大学の動き、今後ありうる対策の方向性などを率直に話し合いました。また、教員公募に際してコンプライアンス意識のある人材を求めることや、文学部版チェックリストを作成してキャンパスハラスメントについて啓発することを提案しました。
「こころとからだ(坐禅体験会)」(マインドフルネス、自律訓練法、ヨーガ等)
本学の教職員・学生を対象に「こころとからだをつなぐ」をテーマにした坐禅を中心とした体験会を企画し、月1回,9か月に渡って実施しました。心理学の方法論として、身体にアプローチすることで心身のリラクセーションを促進する技法があります。例として自律訓練法、漸進的筋弛緩法、動作法、禅、ヨガ、ストレッチ、呼吸法、瞑想、タッピングタッチ、セラピューティックケア、タクティールケア など多数あります。これらの技法を実践することでストレスの緩和や不眠、疼痛、抑うつ、不安、緊張などの改善効果が報告されています。
本企画は、心理学の理論に基づいた心身の健康づくりをテーマにした体験型ワークショップを開催し、心身の健康づくりを通して、他学科間の交流の場となることを目指すものでした。毎回実施した坐禅の他に、オプションとして「マインドフルネスヨガ」「自律訓練法」「呼吸筋ストレッチ体操」「セルフリフレクソロジー」などを行いました。
本学の教員、大学院生、大学院OB、地域の方など、毎回10名程度の参加がありました。
学校適応戦略「社会環境の変化と幸福」
担当教員:心理学科 教授 佐藤 剛介
「社会環境の流動性が精神的健康や幸福度に与える影響:在学中と卒後の高校生による縦断研究」と題した高大連携に寄与する研究です。久留米市立南筑高等学校、久留米市立久留米商業高等学校、福岡県立明善高等学校の協力を得て、高校在籍時からその卒後を追跡する縦断研究で、現在も進行中の取り組みです。
近年、対人関係の流動性(relational mobility)、居住地の流動性(residential mobility)、職場の流動性(job mobility)といった人々が移動することで生じる「社会環境としての流動性」が、私たちの精神的健康や幸福感、あるいはそれらに影響を与える心理や行動に影響していることが示されています(e.g., Thmson et al., 2018, PNAS)。
例えば、米国や都市部は、高流動性社会で、日本や非都市部は、相対的に低流動性社会や環境であるとの知見が積み上げられています。しかし、こうした研究の多くが横断研究であり、調査対象者を時系列的に追跡していく縦断研究が少ないのが現状です。そこで、社会環境の流動性が変化することが、社会適応や精神的健康にどのように影響しているかを縦断研究によって明らかにしたい。これが本研究の目的です。
具体的には、引っ越しを経験したかどうか(居住地流動性)、また経験した場合の引っ越し先の社会の流動性(対人関係流動性)が、精神的健康や社会適応に影響を与えるかを縦断研究により検証します。加えて、高校から大学や専門学校あるいは就労といった移行期を対象にした研究が非常に少なく、こうした学校接続等の移行期の支援や不適応の予防に対しても一石を投じようという意欲的な研究です。
絵本プロジェクト
担当教員:国際文化学科 准教授 塩田 裕明・田中 優子、情報社会学科 講師 玉岡 兼治、人間健康学部総合子ども学科 教授 大谷 朝
病気によって短期・長期入院を余儀なくされ、小中学校で他の児童生徒と一緒に学ぶことができない院内学級の児童生徒のQOL (Quality of Life) の向上、生きる力や学びの力の育成を目指し、絵本の読み聞かせ活動を実施しました。
この活動はまた、自らの子どもと常に向き合わないといけない院内学級の児童生徒の保護者の負担軽減や、病院外の社会とのつながりができることから、保護者自身の気分転換、ひいては学びの時間になることも期待されます。
絵本の読み聞かせ活動の運営を学生と教員で行い、感染症等の状況をふまえて、Zoomで行う場合と対面で行う場合を想定して準備を進めました。
対面での読み聞かせ当日は、学生が読み手を担当しました。自ら絵本を選択し、何度も読む練習をし、本番に臨みました。学生は院内学級の存在と実態を理解でき、絵本の読み聞かせを通した関わりの重要性に気づくとともに、本人が経験してきた通常学級で教育を受けられることの意味や意義を考える機会となり、自己の人生や学びに対する考え方と姿勢を見直す機会にもなりました。
また、今回、絵本の読み聞かせ活動に先立って、教員が東京都内にある絵本に関連する施設を見学しました。見学した施設は、武蔵野プレイス(児童室を中心に)、東京子ども図書館、板橋区立ボローニャ絵本館、江東区立こどもプラザ図書館、国立国会図書館国際子ども図書館になります。見学をとおして、絵本や読み聞かせを行う場や活動に関する有用な情報を得ることができました。
この取り組みは、本学の教学の特色である「文医融合」のプロジェクトとして、また、文学部と人間健康学部の教員が共同で行う学際的なプロジェクトとして、今後も継続して実施していくことを計画しています。
リカバリーカレッジ文化祭
担当教員:社会福祉学科 准教授 坂本 明子
「リカバリーカレッジ」とは2009年にイギリスで誕生したもので、精神的困難な体験をした方々のリカバリー※を応援するために、リカバリーを学びあう場として日本でも広がりを見せています。(※リカバリー:「困難なライフイベント(疾病・障害、離別、失業等)」を抱えながらも意義ある満足のいく人生に立て直していくための概念)
リカバリーカレッジは、当事者と専門職のCo-production(共同創造)であり、教育モデルでもあること、誰でも参加できることなどを原則としており、治療的アプローチではなく主体的にリカバリーを目指す実践的な学びの場となっています。
本学では、文学部社会福祉学科の坂本明子准教授が、福岡の拠点として2021年に立ち上がった「リカバリーカレッジふくおか」の主催者の一人として取り組みを進めており、3月26日に御井キャンパスの地域連携拠点「つながるめ」において、全国のリカバリーカレッジと共に第2回目の「リカバリーカレッジ文化祭」を記念事業の一環として開催しました。
イベントは、全国に10拠点ほどあるリカバリーカレッジの紹介に始まり、それぞれのリカバリーカレッジが対面やオンラインでブースを設けて経験や考え方を共有したり、交流スペースで軽食をとり交流したりしながら、全国的なリカバリーカレッジの繋がりを広める文化祭となりました。
文学部設立30周年記念シンポジウム「大学の取り組みから学ぶ障害者のインクルージョン推進」
2023年3月18日に、文学部設立30周年を締めくくる記念シンポジウムとして「大学の取り組みから学ぶ障害者のインクルージョン推進」を開催しました。
シンポジウムでは、日本の高等教育機関に2箇所しかない「社会で活躍する障害学生支援プラットフォーム形成事業」のそれぞれの拠点リーダーである近藤武夫氏(東京大学先端科学技術研究センター)と、村田淳氏(京都大学学生総合支援機構)をお迎えし、かつ英国発祥で精神障害者のエンパワーメントも担うリカバリーカレッジを日本で広げている本学の坂本明子氏(久留米大学文学部社会福祉学科)の講演やフロアディスカッションが行われました。大学をハブとした障害者のインクルージョン推進に関する地域連携の最先端事例の紹介や障害者支援に関わる皆さまの課題を共有、議論しました。
また、「社会で活躍する障害学生支援プラットフォーム形成事業」からは、さまざまな障害者支援機器が持ち込まれ、多くの方が最新の支援機器を知る・触れる機会にもなりました。高等教育機関における障害学生支援のノウハウや研究も含め、地域の皆様と共有・ネットワーキングを行っていくこうした企画に大きな手応えを感じました。